トヨタ自動車の豊田章男社長が、トップ交代を決断した。後任はエンジニアで執行役員の佐藤恒治氏。大抜擢の背景とは。AERA 2023年2月13日号の記事を紹介する。
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ついに動いた。なぜ、いまだったのか──。
トヨタ自動車社長の豊田章男氏は、執行役員でエンジニアの佐藤恒治氏にトップの座を譲り、自らは会長に就く発表をした。
章男氏は、強烈な危機感を持っていた。コロナ禍、ウクライナ問題、米中対立など、深刻な危機の中、トヨタひいては日本の産業界は、停滞感、閉塞感に見舞われている。このままいけば、日本は世界の成長から取り残される。世界最大級の自動車メーカーのトヨタとて安泰ではない。
わが国の自動車産業は、関連産業を含めて550万人の雇用を支える基幹産業だ。トヨタがこければ、日本の雇用も危うくなる。
章男氏は、感性が鋭い。当然、ネガティブな空気を感じていたはずだ。このままで大丈夫かと考えたに違いない。一点突破策として、社長交代が浮かんだのではないか。自分が退き、若い社長を抜擢することで、トヨタが変わろうとする姿を世の中に示そうとしたのではないか。
トヨタの社長交代の動きは、インパクトをもって迎えられた。トヨタ社内の空気だけでなく、日本を取り巻く空気をも変えたのは間違いない。
章男氏が次期社長に選んだのは、53歳の佐藤氏である。なるほど、彼が選ばれたのかと納得した。
20年前のインタビュー後、彼の案内で社内の見学に誘われた。御曹司、お坊ちゃまと色眼鏡で見られていたが、章男氏は、こんなにも明るく、育ちのよさが感じられるナイスガイかと思った記憶がある。偉ぶったところは、微塵も感じられなかった。普通のサラリーマンの印象だった。
■秘蔵っ子を鍛える
新社長に就く佐藤氏の明るさ、エネルギー溢れる姿は、あのときの章男氏を思い起こさせた。まるで若き日の章男氏にそっくりではないか。
だから、息が合う。章男氏が彼を“秘蔵っ子”として育てたのも、自らの姿を重ね合わせたからだろう。章男氏は、つねに佐藤氏をそばに置き、大いに鍛えた。
「章男社長からは、千本ノックを受けています」
と、佐藤氏は語っている。