震災後は、企業の自粛ムード、自主規制が蔓延しています。でも、私はそれは間違っていると思う。本来、ビジネスは働いてお金を稼ぎ、そのお金を社会や従業員に還元し、それで国が栄えることが理想でしょう。今は稼ぐ人がいなくなって、お金を使う人ばっかりになっている。日本を今まで支えてきたのは、稼ぐ企業でした。このまま企業が稼がなくなればジリ貧です。そのうち、国全体が立ち行かなくなりますよ。

 節電も、企業経営として正しい方向ならやるべきだが、勘違いしているケースもある。うちの会社でもこんなことがありました。5月28~30日、「誕生感謝祭」と銘打ったセールをしたときのことです。オープンは早朝の6時だったので、まだ暗かった。私が新宿の店舗に行くと、店頭とショーウインドーの明かりが消えていた。私が店長になぜ電気を消しているのかと聞くと、彼はこう答えたんです。

「電気をつけると、通行している人が『なんで電気をつけているのか。節電するべきだ』と言われるので、消しているんです」

 私は「それは違う」と注意しました。この場合、店長が言うべきことはこうです。

「私たちにとって、これは本当に必要な電気です。これがないと、店が営業していてお客様に来ていただける状態であることを伝えられません。だから電気をつけさせていただいています。そのかわり、店内の照明は半分にしています」

 この店舗の店長はすごく優秀でスーパースター店長(通常の店長よりも仕入れなどの裁量権が大きく、報酬も高額の店長)ですが、それでも勘違いしていた。自分たちは暗い中で働いても、お客様をお出迎えする電気は消すべきじゃない。自分の商売に何が大事なのかしっかり考えずに、通行人が「電気を消してください」と言ったことにそのまま従っていることが、すでに思考停止しています。このまま自粛、自粛でやっていると、ギリギリでの経営を強いられている日本企業はすべてつぶれてしまいますよ。

 菅首相も、やっていることはパフォーマンスだけでしょう。首相が、一企業である中部電力に「浜岡原発を止めろ」と指示し、企業もそれを受け入れるなど、法治国家としてあり得ません。今月中にはきっちり辞任してもらいたいものです。

《柳井正は、震災後の「自粛ムード」に経営者の視点から危機感を抱くとともに、復興に対する思いがひと一倍強い。それは、震災直後に個人で10億円もの寄付をした行動からもうかがえる。》
 
 いつか社会貢献をしたいと思っていたけど、何が社会貢献なのかずっと考えていた。そんなとき、大震災があり、「ああ、こういうことなのか」と気づかされた。寄付するのなら、いち早くしなくてはいけないと思い、行動しただけです。

 これからの復興に向けて大きな力になるのは、若い人たちの力です。閉塞した時代だからこそ、若い世代に「希望を持つことの大切さ」を伝えたいと新著を書きました。

 若い人が「将来に希望など持たなくていい」と思ったことで、日本はダメになり始めたと思います。今は恵まれすぎている。協調性ばかり教育されて、人と競争しなくなった。生活でも、仕事でも、「昨日よりも今日、今日よりも明日」と思っていないと、若いという意味はないでしょう。希望を持って努力しない限り、絶対に成長しない。他国の若者は努力して伸びているのに、日本人が成長しないのでは、日本は相対的に後退していることになる。それなのに、なぜ貪欲にならないのか、本当に不思議なんですよ。ぼくは、この本を若い人たちに読んでもらいたい。だから社員に配布します。いちばん近くの若い人は、うちの社員ですから。

◆英語公用語化は車の運転と同じ◆

 会社の2011年の方針を「CHANGE OR DIE」(変革しろ、さもなくば、死だ)にしました。なぜなら、今年は日本にとって「転換期」だと思うからです。われわれは日本の小売業では今までやったことのないグローバル化をしようとしている。それは並大抵のことではない。自分たちが変わらなければ、そこには「死」が待っているだけです。そういう思いを込めました。

 日本で栄えていない企業は、どうやってもグローバル化などできません。日本でトップだからこそグローバル化する必要があるのです。そして、日本という国そのものもグローバル化していかないといけない。世界の大都市のなかで、東京ほど外国人が少ない都市はありません。パリでもロンドンでもニューヨークでも、半分くらいは外国人ではないかと思うほどです。日本がグローバル化するために、われわれが先兵として、社員は海外に行くし、外国人は日本に連れてきて一緒に事業をやっていく。そういうことです。

 その一環として、来年には社内で英語を公用語化します。こう言うと、社員はすごく英語ができる人ばかりというイメージがあるかもしれないけど、そんなことはない。過去には英語などの勉強がイヤで、この会社に入った人もいるくらいですから(笑い)。だから総じて英語力テスト「TOEIC」の点数も低い。それでも、グローバル化しない限り、ビジネスチャンスはすごく小さくなってしまう。英語は、今や自動車の運転と一緒で、身につけるべきツールなんです。

 こういうこと言うと「売国奴! 日本の伝統を忘れるのか!」とか言われるけど(笑い)、そうじゃないんです。われわれは日本人であり、日本の伝統を持っている。日本をバックボーンとして、日本を代表して世界に行く。その問題と、外国人とコミュニケーションを取る言語を英語にすることとはまったく別問題でしょう。外国人は日本語を知らないんですから。だから、店長以上の社員には中国人でもフランス人でも英語を勉強してもらおうと思っています。

《柳井も語っているように、社内の英語公用語化には、風当たりも強い。しかし、柳井が今年を「転換期」と定め、グローバル化への加速を強めるのは、世界的に大規模な物価変動が起こる予兆を感じているからだ。》
 
 今、原材料費が高騰しており、発展途上国を中心にインフレが起き始めています。そのうち、日本もインフレになりますよ。一部では「インフレ待望論」もあり、インフレがコントロールできるようなことを言う人もいますが、コントロールなんてできるわけない。かろうじて日本がインフレになっていないのは、まだ円高だからです。しかし、今のような日本経済の体たらくが続き、借金ができなくなれば、必ず円安になる。そして、世界の経済が成長し、かつ原材料の単価がアップしているわけだから、日本は必ずインフレになります。これはここ数年の話です。インフレになれば、低所得者や高齢者など、弱い人ほど困るんです。そういう最悪の事態も想定しなければいけません。

 だからこそ、若い人には「成長」に対してもっと貪欲になってほしい。今でも日本の経済は年1、2%は成長している。でも、欧州や米国では4%くらい、アジアなら10%前後は成長している。だったら1%成長しているといっても、それは相対的に貧しくなっていることと一緒です。円高もそうだが、日本は為替でゲタをはかされているだけで、購買力平価から言ったら豊かでも何でもない。それを打開できるかは、企業と個人のグローバル化にかかっているんです。

◆世襲はしないと心に決めている◆

《ファーストリテイリングは、2020年にはグループ全体で売上高5兆円、経常利益1兆円を目指している。目標達成に向けて気を吐く柳井も62歳。カリスマ経営者の「後継者」には常に世間の注目が集まっている。02年に、当時常務だった玉塚元一を社長に昇格させたものの、わずか3年で退かせた過去もあり、後継者問題は会社経営の"ネック"にもなっている。柳井は、どう考えているのか。》
 
 ぼくは創業者で会社の株を多く持っているから、たぶん完全な引退はできないと思う。でも、65歳くらいまでには会長職に専念したい。そのためには、日ごろの経営を若い人たちがやってくれないといけない。だから本を書いたり、若い人の教育をやったりしているんです。よっぽどすごい人がいれば、外部からの登用もあり得ますが、いないと思いますよ(笑い)。うちで仕事をしている若い人でも、経営者になりたい人はいるし、その人たちが経営するのがいちばんいいと思う。

 もう、(後継者選びは)後がないですからね(笑い)。FR-MIC(昨年4月から一橋大学と合同で始めた未来の経営者を育成する機関)をやっているのも、後継を育てたいという思いがあるからです。なかには、優秀な人もいますよ。65歳までにはあと3年しかありませんし、まあ(後継者の)目星はつけていますよ。

 世襲ですか? ぼくは息子たちには「当社の経営者になるな」と言っている。親が言うのもなんですが、息子たちは優秀ですよ。執行役員くらいの能力は持っている。でも"そこそこ"なんです。能力的に(他の優秀な社員と)あまり差がない。もし世襲するのなら、突出した能力を持っている人間がすべき。他の社員と同じくらいの能力なら、世襲はうまくいかないとぼくは思います。それよりも、息子2人には「株主として取締役会に入り、そこで経営者を選び、いい経営者のチームを作るのが仕事だと思え」と言っています。経営者の選定や抜擢、企業統治をするというのが息子たちにとって、いちばんいい仕事だと思います。 =敬称略=  (構成 本誌・作田裕史)
    *
やない・ただし 1949年、山口県生まれ。衣料品チェーン「ユニクロ」を傘下に抱えるファーストリテイリング会長兼社長。84年に第1号店を出店し、99年には東証1部上場を果たす。現在は海外ブランドを買収するなど、グローバル企業をめざす


週刊朝日