ネットを介したチュニジア発の民主化革命は、エジプトに5期30年にわたって君臨したムバラク政権まで打倒した。さらに、イエメンやバーレーン、イランなどでも民主化要求デモが相次いでいる。
独裁政権を維持するには軍や秘密警察による暴力支配とともに、情報統制の徹底が不可欠だ。その権力を守る双璧の一つに、インターネットが風穴を開けた。「情報鎖国」で国民を囲い込むことは、極めて困難になりつつある。
だが、独裁を維持しようと考える権力者たちは、それでも、ありとあらゆる手段を駆使して情報統制の再強化を図ろうとしている。
その代表格が、半世紀以上にわたって共産党の一党独裁が続いてきた中国だ。
北京と約7500キロも離れたカイロの"自由な空気"が伝播するのを恐れた中国政府は1月末から、エジプトのデモに関するニュースを国営・新華社通信による配信記事以外は国内メディアに掲載させないようにするなど、厳しく規制した。
インターネットのブログ検索やツイッターでも関連キーワード検索がシャットアウトされ、主なポータルサイトでもエジプト情勢に関する議論のページが閉鎖された。
他方、昨年11月から大量のアメリカ外交公電を暴露し、世界中の注目を集めているウィキリークスへのアクセスも遮断されている。中国の大手検索エンジンでは「ウィキリークス」という用語を含むページへのアクセスが制限された。
中国政府は、ネット内の自由な情報空間が浸透することを、極度に警戒しているのだ。
もっとも、これまで中国政府は、インターネットの普及自体は強力に推進してきた。
中国インターネット・ネットワーク情報センターが1月19日に発表した「第27回・中国インターネット発展状況統計報告」によれば、中国のネットユーザーは昨年末時点ですでに4億5700万人。GDPでは昨年、日本を抜いて世界2位に躍り出たが、ネット人口では今や間違いなく世界一の「大国」である。
昨年6月、中国のネット政策を統括する国務院新聞弁公室が初めて『インターネット白書2010』を公表し、ネットの普及をさらに進める方針を示した。経済大国への道をひた走る中国にとって、インターネットはもはやなくてはならぬビジネスツールなのだ。
とはいえ、インターネットを普及させながら、情報統制を維持することは至難の業である。中国政府は、中東でフェイスブック革命が起こるはるか以前から、このジレンマを解決すべく、「ネット検閲」に総力を挙げて取り組んできた。
その典型例が、世界最大の検索サイト「グーグル」の中国撤退事件である。
中国政府は09年春、グーグルに対し、検閲機能の付いた中国語版の「グーグル・チャイナ」から、検閲機能のない英語版の「グーグル・コム」へのリンクを外すよう再三要求した。
グーグル側がこれを拒否すると、同年末にはグーグルのサーバーに凄まじいサイバー攻撃が行われた。
この攻撃者はグーグルの厳重な防壁を突破してアクセスコードを盗み、パスワードを管理する基幹システムに侵入した。主に狙われたのは、中国の反政府活動家のGメールのアカウントだったとされる。その技術は本格的なサイバー戦といっても差し支えない高度なものだった。
こうした"圧力"を受けたグーグルは結局、昨年3月に中国からの撤退を余儀なくされた。
ウィキリークスが昨年11月に暴露した米公電情報によると、グーグルへのサイバー攻撃を指示したのは、中国共産党の思想・宣伝を統括する李長春・政治局常務委員(党内序列第5位)で、治安・司法を統括する周永康・同常務委員(同第9位)が支援した。また、グーグルへの表からの圧力工作は、李長春配下の党中央宣伝部長である劉雲山・政治局員が主導して進めたとされる。
昨年2月19日付「ニューヨーク・タイムズ」によると、グーグルとアメリカ情報当局側はサイバー攻撃の発信源を逆探知したが、その一つは、中国人民解放軍のサイバー部隊系列のコンピューター技術者養成機関である山東省の「山東藍翔高級技工学校」だったことが判明しているという。
中国では現在、軍も含めた様々な機関が競うようにネット監視を行っている。
米国の米中経済安全保障調査委員会が昨年11月に発表した最新版の年次報告書によると、前出の新聞弁公室や中国インターネット・ネットワーク情報センターのほかにも、国務院の工業・情報化部や商務部、文化部、教育部、情報化工作弁公室、国家新聞出版総署、国家ラジオ映画テレビ総局、国家外国為替管理局、国家保密局などがかかわっていると見られている。
◆サイト開設には事前審査が必要◆
実動部隊の中心は公安部の公共信息網絡安全監察局、通称「網絡警察(ネット警察)」だ。少なくとも3万人以上のネット検閲官が在籍し、政府批判につながりかねない危険なサイトの摘発や書き込みの削除などを担当しているとされる。
ネット警察の秘密兵器は、自動ネット検閲システム「金盾」だ。03年に運用が開始され、公安部が有害と判断した海外のサイトへのアクセスや、禁止キーワードを含む検索やメールを遮断するほか、要注意人物・組織のネット活動の監視などを行う。
「昨年3月に中国国内から『グーグル香港』へのアクセスが遮断されたことがある。あれも金盾によるものだとされている」(中国外交筋)
さらに、官だけでなく民もネット検閲に協力しているとの指摘もある。
例えば、前出の米中経済安全保障調査委員会の報告書は、
「中国最大の検索エンジン『百度』が検閲の中心的役割を担うようになってきた」
と告発した。
また、前述のウィキリークス情報には、
《公安警察のドン=周永康が百度と結託してグーグル攻撃を行った》
との記述もある。
百度は00年に設立された中国語検索サイトの会社で、昨年第4四半期の売り上げは3億7130万ドルに達するなど、いまやグーグルに次ぐ世界第2位の検索サイトになっている。
グーグル・チャイナの撤退を受けて、検索エンジンの国内シェアを一気に増やし、現在は70%以上を占めているようだ。
中国政府は、水面下の活動だけでなく、表立って堂々と検閲を強化する方針も打ち出している。
中国では05年からウェブサイトを開設する際に事前審査制を導入している。中国のドメインを管理している前出の中国インターネット・ネットワーク情報センターは09年12月から、ドメインを登録する際に事業登録情報や詳細な申請書、申請者の顔写真などの提出を義務付けた。
その結果、情報提出に応じなかった13万のサイトが閉鎖に追い込まれた。
もっとあからさまな施策もある。工業・情報化部は09年6月、中国国内で販売されるすべてのパソコンに検閲ソフトの導入を義務付ける通達を出した。最初から問題を起こさない「去勢パソコン」を広めればいいという発想である。
ところが、全パソコンに導入するはずだった肝心のフィルタリング・ソフトが、米民間ソフト開発会社の製品の無断コピーだったことが露見。22億ドルの損害賠償請求訴訟を起こされたため、現在は宙に浮いたままになっている。
さらに、中国政府はネットの匿名利用そのものを廃止しようと画策している。
昨年4月の全人代常務委員会での演説で、新聞弁公室の王晨主任(室長)は高らかにこう宣言した。
「今後は、実名の認証がなければネットの掲示板やニュース・サイトにコメント投稿ができないシステムを構築する」
これが実現されれば、ネットでの言論はすべて、どこの誰によるものかが政府に筒抜けになる。
◆ネット軍を使い、サイバー戦強化◆
中国はこうした国民へのネット検閲だけでなく、他国に対するサイバー戦能力の強化も進めている。
その主力は人民解放軍総参謀部第3部。軍が次世代の主力部隊のひとつと位置付けている「網軍(ネット軍)」を統制している。
99年に創設されたネット軍は、大コンピューター部隊を1カ所に配置するわけではなく、中国各地の基地や研究機関などに分散した多数の技術者たちをネットワークし、数万人規模で編成されている、と推定される。
軍は昨年7月、総参謀部直属の「情報保障基地」を北京に設置したことを公表しているが、ここがネット軍の司令部となっていると見られている。
米民間調査機関「メディアス・リサーチ」の昨年7月の調査報告によると、それ以前の数カ月間に米国や台湾などいくつかの国の政府・軍の施設や民間企業に対して行われたハッキングの発信源の一つが、中国の海南島の軍事施設だったという。これもネット軍の一部隊と考えられている。
こうした軍のサイバー戦に、民間のハッカーが協力している形跡もある。中国には「中国紅客連盟」など大規模なハッカー・グループがいくつもある。
ウィキリークス情報によれば、中国紅客連盟の創設者が、軍幹部の研修を請け負うITセキュリティー会社に雇用されるなど、水面下では政府機関や軍とつながっているという。
前出の米中経済安全保障調査委員会の報告書には、
「中国電信(チャイナ・テレコム)が複数のアメリカ政府機関のネット通信(トラフィック)を一時的に乗っ取った」
との記述もある。単なる個別サイトへのハッキングではなく、通信を根こそぎ奪取するという凄まじいサイバー・アタックだ。
クリントン米国務長官は2月15日、ワシントンで演説し、インターネットへの規制を続ける中国などを名指しで批判し、中国がネット検閲して「特定語句の検索をエラーページに誘導している」とも指摘した。
「ネットの自由をふさぐ政府は、いずれ自らが箱の中に閉じこめられることに気づくだろう」
というクリントン長官の警告に、中国は耳を傾けるべきだ。
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くろい・ぶんたろう 1963年生まれ。週刊誌編集者、月刊「軍事研究」記者、「ワールド・インテリジェンス」編集長などを経てジャーナリスト。著書に『北朝鮮に備える軍事学』(講談社+α新書)、編著に『自衛隊は北朝鮮に勝てるのか』(洋泉社MOOK)など