メディアに現れる生物科学用語を生物学者の福岡伸一が取り上げ、その意味や背景を解説していきます。
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コロナ禍による陰鬱な日々が続くが、今年もノーベル賞発表のシーズンが巡ってきた。ちなみに、新型コロナウイルス検査法のPCR技術、および、抗原・抗体検査に利用されるモノクローナル抗体作成技術の発明者は、いずれもノーベル賞を受賞している。前者は、1993年のキャリー・マリス、後者は、1984年のセーサル・ミルスタインとジョルジュ・ケーラーである。
ちなみにマリスの受賞は化学賞である。生命科学上の発見が、医学・生理学賞ではなく、化学賞の対象になることも近年の傾向のひとつ。生命現象の基盤に化学反応があり、多くの検査法や治療法がその上に立っている以上、これは当然のことである。
さて、今年の受賞者を予想してみよう。
■どこまでを受賞対象とするか
注目されているのは、革新的なゲノム編集技術、CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)の発見者、エマニュエル・シャルパンティエとジェニファー・ダウドナである。
彼女たちは、細菌が有する対ウイルス防衛機構を応用して、DNAの任意の場所を切断、交換、再結合する方法を確立した。従来の遺伝子工学技術では、確率と偶然に頼っていた遺伝子組み換えを正確・迅速に行うことを可能としたのである。
ちなみに、最初にCRISPR配列を発見したのは日本人科学者の石野良純である。また、この技術をヒトの細胞に適用し特許化したのは、フェン・チャンである。その他、発見から応用までの道のりに幾多の重要な寄与を行った研究者たちがいる。ノーベル賞選考委員会は、どこまでを受賞の対象とするだろうか。椅子は最大3つ。シャルパンティエとダウドナの受賞は確実と思われ、また今年でなくとも、数年以内には栄冠に輝くはずだ。前述のとおり、医学生理学賞でも、化学賞でも、受賞対象となりうる。
では、日本人候補者はどうだろうか。