AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。「書店員さんオススメの一冊」では、売り場を預かる各書店の担当者がイチオシの作品を挙げています。
日本で3人目の女性の医師となった高橋瑞の人生を軸に、彼女が出会った無名の女たちや、女性の医師誕生に門戸を開いた仲間たちとの友情を描くノンフィクションノベル『明治を生きた男装の女医 高橋瑞物語』が刊行された。著者の田中ひかるさんに、同著に込めた思いを聞いた。
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女性が医師になれなかった時代に医師を目指し、医師となり、さらに当時ドイツ人女性も入学できなかったベルリン大学への留学までも果たした高橋瑞(みず)。著者の田中ひかるさん(50)は、その劇的な人生を、会話を多用して生き生きと描いた。
「初めは資料を引用して論文のように書いたんです。でも、資料の中に話し言葉がいっぱいあって、それが面白かったのでかぎカッコに入れていくうちに、このままのほうが面白いんじゃないかと全部書き換えました」
瑞は10歳で父を亡くし、24歳で未婚のまま長兄の家を出る。様々な経験と人との出会いを経て、28歳で前橋の産婆・津久井磯子の内弟子に。さらに、産婆では妊婦の命を救えないとわかると医師を目指すが、医術開業試験に必要な医学校の門は男子にしか開かれていなかった。瑞は、請願や直談判でそんな状況を突破していく。
「直談判ってこんなに使えるんだって思いました(笑)。普通は遠慮したりしますよね。我を通したと言えばそういうことなんですけど、でもそれは自分のためではなくて、自分が医者になることで人を助けたいという、人のためなんですよ。それがすごいです」
日本の女性医師の歴史に名を連ねる荻野吟子、生澤久野、本多銓子らも、実は瑞と同じ時期に医術開業試験を管轄する内務省に個別に請願している。性格も状況も全く異なる彼女たちが、それぞれ医師を目指し奮闘する姿にも田中さんは温かい視線を注ぐ。