さらに、「非常防疫指揮部」に強い権限を与え、外部からコロナウイルスを持ち込みかねない密輸や不正輸入行為は軍法で厳罰に処すとし、戒厳令さながらの統制方針を打ち出したのである。

 それがコロナ禍の北朝鮮の知られざる実態だ。

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 筆者は2000年代初めから、北朝鮮各地に住む人たちとチームを作って北朝鮮の内情を取材してきた。数年前からは中国のスマートフォンを北朝鮮の協力者たちに送り、連絡を取り合っている。国境近くでは中国の電波が届くため、国外との通話やメールが可能だ。北朝鮮国内で使用されているスマホを入手し、北朝鮮の国民が日常的に使用しているアプリの内容やスペックなどを調べたこともある。

 よく知られているように、北朝鮮国民の生活事情や政権内部の情報を独自取材によって伝えることは極めて難しい。北朝鮮国内に常駐するのは、中国の新華社通信やロシアのタス通信などがメインであり、当局の公式発表をそのまま伝えるだけのケースが大半だ。

 今年初め、中国・武漢で新型コロナウイルスの流行が伝えられると、北朝鮮当局は1月末に電撃的に中国との国境を封鎖した。外国からの入国者はほぼ完全に途絶え、貿易も厳しく制限された。以降、北朝鮮国内の動向はほとんどわからなくなった。新華社通信などの記者も入国できなくなった。

 そうした中、私たちは北朝鮮のコロナ事情を調べるために、労働党や行政機関の内部文書の入手プロジェクトに着手した。具体的な取材方法や連絡ルートといった詳細は明かせないが、この記事で紹介している「絶対秘密」の文書は、そうした取材によって北朝鮮国内で入手し、撮影したものである。

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 世界中が新型コロナウイルスに神経を使っている最中、韓国と北朝鮮の間で衝撃の事件が発生した。今年9月22日のことである。

 韓国の西側の海上で、韓国の漁業指導船に乗って勤務中だった40代の男性公務員が、北朝鮮の海域に漂流し、北朝鮮軍に射殺されたのである。しかも、射殺後、「遺体は油をかけて燃やされた」(韓国軍当局)とされた。漂流中の人がいたら、まず救助するのが国際的な「海の掟(おきて)」である。

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韓国人の射殺・焼却は北朝鮮側にとってマニュアル通り