国民を敵味方に分断して、敵意をもつもの同士がいがみ合っている状態が実は一番統治し易い。そういう考え方をする政治家が世界中で増えている。統治の効率性だけを考えれば、それで正しいのかも知れない。

 けれども、そういう社会では人々は次第に「共同生活への意志」を失い、「他者と共生する」能力も衰える。いずれ人々は自分たちがどうして一つところで、理解も共感もできない人間たちと我慢して暮らさなければならないのか、その理由さえわからなくなるだろう。そのとき文明の命脈も絶える。そして、私たちの社会はいまそちらに向かっている。

内田樹(うちだ・たつる)
1950年東京都生まれ。神戸女学院大学名誉教授。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。著書に『私家版・ユダヤ文化論』『日本辺境論』、街場シリーズなど多数。近刊に『コロナと生きる』(共著)、『日本習合論』がある