2001年に28歳で来日したドゥトラは、横浜FMで計9年間プレーしてリーグ戦213試合に出場した。若かりし頃は母国で、あのロベルト・カルロスと同等の期待を受けていた逸材だが、ブラジル代表の経歴はなし。もし、もう少し若い頃に来日して帰化が実現していれば、「日本の左サイドバック=長友佑都」という時代は訪れなかったかも知れない。

 ここに挙げた選手たちは、もう過去の選手たちであるが、今後に関してはまだまだ多くの選択肢と可能性がある。親族に日本人のいない選手が帰化することに対して賛否はあるが、これまでの日本サッカーの発展の中で帰化選手の存在が欠かせなかったことは確かであり、競技は違うがラグビー日本代表の活躍で、その効果と成果も改めて証明された。今後、日本代表が目標とする「W杯4強入り」の実現に向けて、「帰化選手の代表招集」をチーム強化の手段として考える必要もあるかもしれない。

暮らしとモノ班 for promotion
「昭和レトロ」に続いて熱視線!「平成レトロ」ってなに?「昭和レトロ」との違いは?