

元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。
【写真】稲垣さんが和歌山の農家の友人から取り寄せた 最高にウマい樹上完熟ミカンはこちら
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アエラは投資の話を好むように思うのでそれを書く。
このほど、和歌山の農家の友人から最高にウマい樹上完熟ミカンを一箱取り寄せた。この友人は最高の梅農家でもあり、梅は毎年取り寄せせっせと梅干しを仕込んでいる。だがミカンは梅とは違い、一人暮らし(しかも冷蔵庫なし)で一箱食べ尽くすのはとても無理。それでも取り寄せたのは勝算があったからだ。
届いたのは5キロ。収量が少ないので作られなくなった珍しい品種で、小さくコロコロ丸い。食べてみると小型爆弾並みの鮮烈なうまさが弾ける。ああやっぱり美味しい!
深く満足して小さな袋にせっせと入れ、日頃世話になっている近所の米屋や料理屋に持って行く。ヨガクラスの生徒さんにも配る。よく行くカフェや喫茶店にも持って行く。そして「いかに美味しいか」を力説し、珍しい品種で、樹上で熟成して収穫したばかりだから美味しいのだと見てきたように自慢する。
そこまで言われると皆さん、その場で1個食べて目を丸くする。カフェではお客さんにも配られて、皆さんやはりコリャ美味しいご馳走さまとニコニコ喜んでくださる。自分が作ったわけでもないのに鼻高々で気分がいい。こうして一箱のミカンは瞬く間に空になったのであった。めでたしめでたし……って、そのどこが投資なのかって?
確かにミカンは消えた。だがこれで終わりじゃないのだ。すでに「お返し」として無農薬レモンと里芋と米が届く。いや別にお返しなど今すぐ返ってこなくとも良い。私の手元には人間関係という大きな財産が残ったのだ。
私はミカンという「友達の種」をまいた。その種はいずれどこかで芽吹くはず。何しろ美味しいものは一人で食べてもつまらぬ。みなで「美味しいね」と言い合ってこそ美味しい。そんなアイデアの種も私はまいたのだ。人生の貴重品はお金より友達とコロナも言うておる。こうして私の周囲では枯れ木に花が咲き続けるに違いない。これが我が投資。簡単確実ノーリスク。案外真面目な話である。
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
※AERA 2020年11月23日号