これ以上の話し相手はいない。私は窓を開け、ベランダに出て三日月を背にと話し始めた。

 昔、私が愛した「ニニ」という猫の話。私が大学を出てNHK就職し、名古屋に転勤していた間に、毒入りの食物のせいで死んでしまった三毛の日本猫だ。

 そうだ、この子を「ニニ」と呼ぼう。

 夜、ベッドに入ると微かな重みを感じた。猫だ! 入口の鍵はしめたが、必要があれば鳴くだろう。

 朝方、小さくニャアと挨拶をして猫は出て行った。

 海の観光を終えて帰ってくると、桟橋で昨日と同様待っていた。そしてレストランからのお土産を食べ、また、私のベッドの上で眠った。三泊の間じゅう、タヒチのニニは私と夜を過ごした。

 次の朝、大きなスーツケースを運ぶのを猫は見ていた。「さよなら、ニニ!」。私たちの車は猫を海辺に残して去った。

週刊朝日  2020年12月18日号

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。主な著書に『家族という病』『極上の孤独』『年齢は捨てなさい』ほか多数

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