11月16日、夜明けまで都内の幹線道路沿いのバス停のベンチで過ごしていた64歳の女性が、頭を殴られて死亡した。所持金はわずか8円だった。事件が映し出したのは、社会が抱える「歪み」だった。AERA 2020年12月14日号の記事を紹介する。
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路上生活をしていたとみられる大林三佐子さん(64)が東京都渋谷区内のバス停で男に頭を殴られて死亡した事件は、私たちの社会の暗部を幾重にも映し出す。それは、コロナ禍の今だからこそ直視すべき現実でもある。
その人が現場のバス停に現れたのは、事件から10日後の11月26日だった。女性は持参した供え物をバス停のわきに置き、静かに手を合わせた。
「あんなに話し好きだった人が、こんなに狭い場所で、一人でポツンとされていたのかと思うと可哀そうで……」
女性は生前の大林さんの足跡をなぞるように一気にこう話した。
「コロナ禍でも非正規が真っ先に切られます。年休も取れません。体がぼろぼろになるまで働いても大した収入にはならない。そこから家賃や光熱費、税金を払っていたらどんなに節約してもほとんど残りません。病気になったり仕事がキャンセルになったりしたら家賃を払うのが困難になるのは仕方がないと思うんです」
女性が大林さんと知り合ったのは約10年前。業務請負や業務委託の仕事を斡旋する都内の会社に登録し、同じ仕事場で働くこともあった。明るく、話し好きの大林さんは試食販売員を希望し、スーパーで働くことが多かった。店内の一角でお菓子や飲料の試食を買い物客に勧め、販売を促進する仕事だ。
「若い頃は大手百貨店で販売スタッフをしていたそうです。スリムで可愛く、若いころは男性にもてただろうと思います。今も身なりを整えておられたら40代で通る感じです」
年下のこの女性が大林さんを「可愛い」と言うのは、外見を指してのことだけではない。登録会社の最寄り駅や道端で会うと、大林さんのほうから屈託なく話しかけてきた。
忘れ難い場面がある。大林さんが駅の近くで紙切れをひらひらさせながら駆け寄り、こんな事情を明かした。