AERAで連載中の「いま観るシネマ」では、毎週、数多く公開されている映画の中から、いま観ておくべき作品の舞台裏を監督や演者に直接インタビューして紹介。「もう1本 おすすめDVD」では、あわせて観て欲しい1本をセレクトしています。
* * *
コワモテの男が飛行機のタラップを下りてカメラを構える。妻にポーズを命じて記念写真を撮る。男は添乗員に注意されてもお構いなし。自分の思いを貫き通す──。
映画「声優夫婦の甘くない生活」は、見るからに亭主関白な夫ヴィクトル(ウラジミール・フリードマン)と従順な妻ラヤ(マリア・ベルキン)が主人公。ベルリンの壁が崩れた後の1990年9月、60代でソ連からイスラエルへ帰還を果たしたロシア系ユダヤ人夫婦が互いの本当の声を聞くまでを描いた「夫婦再生」の物語だ。
主人公夫婦と同様に90年、11歳の時にベラルーシからイスラエルへ帰還したロシア系ユダヤ人のエフゲニー・ルーマン監督(41)は、映画のきっかけをこう話す。
「(共同脚本の)ジヴ・ベルコヴィッチが実際にヴィクトルのような男性を知っていたんです。特有の才能と職を持っていた声優の男性が、イスラエルへやってきたことで経験した悲劇と喜劇が、この脚本を書くインスピレーションを与えてくれました」
ただし、モデルはその男性ではなく、「自分の親や僕が知っている人たち」だ。
「男性が人生の中心に立っていて割と重要視されている。女性は男性の影であり、物静かで助演的な立場にいることが多い。そんなロシア系ユダヤ人のカップルがイスラエルに帰還することで、それまでのヒエラルキーが突然壊れてしまう。女性のほうが自立する機会を与えられ、自分の声を使って自分の人生を見つけることができるという物語なんです」
そう、せっかく新たな人生を求めて新天地へやってきたのに、二人に声優の職はなかった。夫婦で試練にあった時、どう乗り越えるか。
ラヤは逼迫(ひっぱく)した状況を打破すべく、ひょんなことから夫に内緒でテレフォンセックスで働き始める。すると、これが大正解。自身の持つ能力をどんどん開花させ、売れっ子に。一方、スター声優だったヴィクトルは、海賊版のレンタルショップで吹き替え仕事を始めるのだが、ついに警察に捕まってしまう。
ヴィクトルとラヤの夫婦関係は、日本人でもかなり親近感を覚えるはずだ。ルーマン監督は言う。