奇声を発し、子どものように足をばたつかせる母親。黙らせようと怒鳴り、思わず殴りそうになっていた──。
こう振り返るのは、東京都品川区に住む仲茂明さん(仮名・62)だ。実際は殴るフリでやめたというが、妻と2人で、ともに認知症の症状がある両親を介護している。
「大変だったのは、ヒステリックになった母親でした。別居する両親の家を訪ねて夫婦で世話をしていましたが、母親は何か気に入らないと暴れ、わざと倒れて騒ぎだす。社交的で読書家だった母親の変わり果てた姿を見るのは情けなく、さみしかった」
母親の認知症を進行させたのは、皮肉にも認知症となった夫である父親の介護だった。7年前、父親は咽頭(いんとう)がんの手術で入院したのをきっかけに認知症を発症。母親は会話相手もなく、献身的に介護を続けた。尿を漏らした父親の服を泣きながら洗濯する姿も。介護生活で心が追いつめられたのか、母親も4年前に認知症になった。
やがて、母親は父親のおむつをコンビニエンスストアに捨てたり、「オレオレ詐欺」の被害に巻き込まれたりした。
疲弊していく仲茂さん夫婦。周囲の勧めもあり、両親を自宅近くのグループホームに入れた。
「それでも、『いつ帰れるの』と半べそでヒステリックに足をバタバタさせたり奇声をあげたりして騒ぎだす行動は続きました」(仲茂さん)
総務省の統計では、日本の総人口に占める65歳以上の割合は約3人に1人。約2人の現役世代で1人の高齢者を支える構造だ。要介護の親や連れ合いを持つ人が増え、介護に疲れ果てた子どもや家族が、親などを虐待する「介護虐待」や「介護殺人」が起きている。
虐待の場所は圧倒的に「自宅」が多い。厚生労働省の調査(2018年度)によると、介護施設などの職員による虐待だと認定されたのは621件。一方、自宅での家族や親族による虐待は1万7249件にのぼる。虐待の加害者は、息子が39.9%と最多で、夫の21.6%がこれに続き、全体の6割強が男性だ。