就任3年目となる2020年、世界がコロナ禍に沈んだ。
「(この状況は)さすがに考えもしませんでしたね」
アシックスは東京五輪・パラリンピックのゴールドパートナーだ。公式ウエアの提供をはじめ、ランナー向けのシューズ『メタレーサー』など東京五輪に合わせて開発してきた商品も多い。五輪による関連商品の売上は200億円を予定していた。
「コロナは僕らの会社だけに来たわけではない。医療従事者の方や患者さんやそのご家族や大変な方々はたくさんいらっしゃる。けれど、本来あったはずのものがなくなってしまう、それは苦しいですよね。延期が発表されるまでさまざまな意見がありました。だけど、僕らの立場では絶対に楽観的にはなれません。予定どおり実施される場合、制限がかかる場合、延期の場合とさまざまなパターンを想定していました」
4月の売上は前年同月比49%と大幅にダウンした。店を開けない、誰も外出しない、それが世界各地で起こったのだから当然だ。「『これが続いたらどうなるのか』と心配でたまりませんでした。すぐに手配したのは手元資金を厚くすること。銀行からの借用金を増やし、社債も発行しました。危機のときは『キャッシュ・イズ・キング』です。また、在庫のすべてを把握し、売り切ることを考え、秋の商材については生産のコントロールに入りましたね」
幸いにも戻りは思うより早かった。6月には回復基調に入り、中国やオセアニアなど前年を上回った国もあった。コロナによって人々の健康に対する意識は高まり、外出制限などのストレスから「体を動かしたい」欲求も高まっていた。デジタルの推進は同社の課題でもあったが、Eコマースは全世界トータルで昨対比2倍で推移したという。
「10年で起こる変化がドーンと来た気がします。何年もかけて伸ばしてきたEコマースが10カ月間で倍になった感覚ですかね」
こうした流れを受けてバーチャルでの駅伝「ASICS World Ekiden 2020」を11月に開催。
「アイデア自体は以前からあったものですが、予想外に早く開催できたのはコロナ禍だったからこそ。大会に出たくてもレースが開催されないいま、日本発信の駅伝のたすきを世界中につなげていきたいと思ったんです」。バーチャルゆえ世界中のどこから参加してもよし。東京でも鎌倉でもボストンでも期間中ならいつ、どこで走ってもよし。歩いてもよし。楽しそうに語る廣田は取材時にこうも言った。「『アエラスタイルマガジン』チームでどうですか? 6人までエントリーできますよ(笑)」
【インタビュー後編】「改革者」から30代ビジネスパーソンへ アシックス廣田康人社長のメッセージへ続く
【株式会社アシックス】
鬼塚喜八郎が1949年に神戸で創業。創業理念は「健全な身体に健全な精神があれかし」。1977年、合併により株式会社アシックス設立。本社:兵庫県神戸市中央区。事業所としては渋谷オフィス、スポーツ工学研究所がある。関連会社は国内に10社、海外52社。資本金:239億7200万円。事業内容:各種スポーツ用品等の製造および販売。従業員数:9039人(連結)。年間売上高:3780億5000万円(連結)(※令和元年12月期実績)。売り上げの海外比率は7割以上。温室効果ガス排出量の削減活動にも定評があり上位企業3%が獲得する「サプライヤー・エンゲージメント・リーダー・ボード」にも選出された。「東京2020オリンピック・パラリンピック」ゴールドパートナー(スポーツ用品)。URL:https://corp.asics.com/jp/
【廣田康人(ひろた・やすひと)】
1956年、愛知県名古屋市出身。早稲田大学政治経済学部卒業。80年4月三菱商事入社、89年にロンドンの現地法人に赴任し、総務・人事・渉外などを担当。2010年に執行役員・総務部長、14年、代表取締役常務執行役員・コーポレート担当役員、17年関西支社長を兼務。アシックス前社長で現会長の尾山 基氏のオファーにより、18年1月、アシックスに顧問として入社する。同年3月に代表取締役社長COO(最高執行責任者)に就任。現在に至る。自身、50代からマラソンを始め、61歳で出場した大阪マラソンで3時間53分と自己記録を更新した。レース開催が厳しいなか、現在も神戸本社と東京の行き来の合間で月100kmは走る。「フルマラソンをやるなら150km以上は走ってほしいとコーチには言われているんですが」と苦笑い。演劇や映画、落語および歌舞伎など幅広い趣味を持つ。
Photograph:Kentaro Kase
Text:Mariko Terashima
※「アエラスタイルマガジン Vol.49」より転載