「将来、新しい皮膚病を発見して欧米人が発音しづらいような名前をつけてやろう!」と考えていた若き日の皮膚科医が、スイス留学中にその野望を打ち砕かれます。いったいなにがあったのか? 京都大学医学部特定准教授の大塚篤司医師が自身の経験を語ります。
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外国人の名前を覚えるのには時間がかかります。好きな海外ドラマに登場する人名や、熱中したゲームに出てくる名前はすっと頭に入りますが、興味のない分野となるとつらいものがあります。それが勉強となるとなおさらです。
皮膚科では、人の名前がついた病名や症状が相当数あります。覚えづらいだけでなく発音しにくいことも多く、中には連名で難解な病名となっています。
乾癬(かんせん)などでみられる「ケブネル現象」はまだ覚えやすくていいのですが、「レーザートレラー兆候」は2人の名前がついているし、「Laugier-Hunziker-Baran症候群」に至っては3人の名前がついた上に読み方すらあやしい。
診断をつけて治療することが皮膚科医の仕事なので最終的にはちゃんと覚えるわけですが、日本人にとってはなじみのない人名が冠についた病名はハードルが高く、専門医試験の前は病名をつけた著名な先生方を軽く恨んだりしました。
かつては冗談交じりにではあるものの、
「将来、新しい皮膚病を発見して、欧米人が発音しづらいような名前をつけてやろう!」
と、無駄に意気込んでいたこともありました。
スイスに留学していたときの話です。
皮膚科のカンファレンスに参加した私は、スクリーンに映し出された皮膚病をスイス人たちがなんて呼んでいるのか全く聞き取れずに困っていました。
彼らはしきりに、「オフジ、オフジ」と発していました。半ば興奮ぎみに。
議論の最中、一人の皮膚科医が私に向かって質問してきました。
「オフジは日本人に多いだろう? この(スクリーンの)写真の皮膚病はどう思う?」
その時はじめて、彼らが言っている言葉が理解できました。
それは太藤(おおふじ)病のことだったのです。