黒川博行・作家 (c)朝日新聞社
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※写真はイメージです (GettyImages)
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 ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回は、オンライン選考会について。

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 よめはんの個展が終わった。会場に掛けていた多くの絵がもどってきて、応接室はまた、足の踏み場もないありさまになったのだが、それはいいとして、贈りものの花もいっしょに家に来た。胡蝶蘭(こちょうらん)が五鉢とバラやシンビジウムの花束が十数束。さて、これらをどこに置くか──。

 考えるまでもない。庭に面した一階の廊下と、わたしの仕事部屋だ。胡蝶蘭は寒さに弱いから、当然のごとく仕事部屋に侵入して、わたしが世話をすることになる。先住の胡蝶蘭が三十鉢もあり、ここにまた“新参者”が増えれば、大量の本と資料、グッピーの水槽(すでに十個)とサワガニの水槽、大小のバケツ、エアポンプ、オカメインコのマキのケージと餌皿、空気清浄器やファンヒーターに攻められて、もうわたしの居住空間はない。それを分かっていながら、新しい胡蝶蘭を運び入れたよめはんは涼しい顔で、「あとはよろしくね」という。

「ちょっと待って。どうよろしいんですか」「だってピヨコちゃんはお上手やんか。“この子”たちのお世話が。毎年、きれいなお花を咲かすし」「今年はあかん。マキがみんな花芽を齧(かじ)ってしもた」「マキちゃん、ダメですよ。“おイタ”をしては」

 チュンチュクチュン オウッ──とマキは鳴く。

 そんな状況下、某文学賞のオンライン選考会をした。デスクトップパソコンのカメラに映らないよう、雑多なものは寝室に放り込み、デスクのまわりだけはきれいに片付ける。わたしは前立腺肥大でトイレが近いから、椅子の下に洗面器も用意する。髪を整えてお化粧をし、シャツのボタンをとめるが、ズボンは穿(は)かず、パッチのままだ。マキをケージに入れ、ノートとコーヒーとパイプをデスクに置いてZoomに接続した。選考委員の大沢在昌はすでに画面の中にいて、「おっちゃん、元気」と手を振るから、「はいはい、久しぶり」と、わたしも手を振って、しばし歓談。彼は座談の名手だから、いっぱい笑わせてもらう。

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