作家でコラムニストの亀和田武氏は、「東京人」(筑摩書房)3月号を取り上げる。
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階段ですよ、ついに。「東京人」(都市出版)3月号は<階段で歩く。東京の凸凹>を特集している。いまや、東京=坂の街は常識となってしまった。ブラタモリ的な地理、地形、地層に通じた読者を惹きつけるには、さらに一歩マニアックな切り口を。ならば「階段」しかない。幼少期から階段に惹かれた私には、胸躍る企画だ。
愛宕神社(港区)の「急峻かつ堂々とした階段」の写真から特集は始まる。都内でも、一、二を争う名階段という評価も頷ける。しかし「傾斜が急で(中略)途中に踊り場がなくそびえる姿には威圧感があり」、立派すぎて私には似合わない。「路地裏にひっそりと潜む、名もなき階段」にしっくり馴染む。
樋口一葉も暮らした本郷4丁目、菊坂の南側に残る路地の写真は味がある。「石畳の細い道を奥へ進むと井戸があり、周囲には木造家屋が建ち並ぶ」景観が都心部に。といって明治の文学に耽溺する柄じゃない。
代官山や原宿の、若者で賑わうエリアの一本裏手にある狭い階段が、私には合うかな。二つの街に、まだ同潤会アパートがあった時代の匂いが、靴底の裏から伝わってくるんだよ。
赤坂の周辺にも「名もなき名階段」はある。TBS放送センターの裏手にある“カエルのオブジェのある階段”とかね。TBSに通っていた頃、正面玄関より裏口階段をよく使った。外に出ると、急な三分坂がある。人の姿もあまりない。夕暮れの通りを堅気じゃない気配の男とすれ違う。ちらと目が合うと、ミッキー・カーチスとか井上堯之さんだったり。赤坂の裏手、いいっすよ。
夜散歩の写真もいい。国分寺のY字階段を見上げた写真は、街灯も住宅もセットのように見える。横尾忠則さんもきっと喜ぶはず。地形と凸凹への嗜好は階段にまで及んだ。
※週刊朝日 2021年2月26日号