トムさんは夜、大型タモ網を持って漁場へ行き、水辺に沿って繁る草の茂みに下からそっとタモ網を入れて掬い上げて獲る。また、あらかじめ何日か前に川べりに沈めておいた枯草や枯枝を突然持ち上げ、落ちてくるエビを網で受ける「しばづけ漁」でも獲るのである。そして、獲ってきたエビは川魚専門の食品会社に納め、大概は甘露煮や佃煮にされて出荷されるとのことである。また、このエビはヌマガレイやウナギ、ナマズ、カワマスなどの川魚や海の魚の格好の釣り餌としても使われているので、結構いい仕事になるのだということである。

 朝早くには川霧の起つ十月初旬、船着き場に行ってみると、トムさんが漁から帰ってきたばかりだった。頭にねじりはちまき、体は吊りバンドの付いたウェーダーを着装し、口にくわえる煙草で相変わらずのトムさんである。

 私が、
「エビかね」
 と聞くと、
「そだねーエビだわ」
「いっぱいとれた?」
「まーまーだわな」

 と言って、大きな竹籠に入れたエビをべか船から抱えて下りてきた。私は駆け寄って籠をのぞくと、その中には灰白色で半透明、長さ五センチほどのスジエビがびっしりと重なって層を成し、一番上のエビはあちこちでピョコンピョコンと跳ねている。

「あ、ほだほだ。先生よ、いいものあげるわ」
 と言って再びべか船に戻り、急いでバケツを下げてきた。
「これザリガニだわ。エビと一緒に網に入ってきたんだっけさ」
 と、それを見せてくれた。
 バケツの中にはやや黒みを帯びた赤っぽいザリガニが十匹近くゴソゴソと蠢いている。
「これ持っていって茹でて食べれや。なまらうまっけさ」

 といって私にバケツごと渡してくれた。三日月湖にアメリカザリガニがいることは、子供たちがよく釣っていたのを見ていたので知ってはいたが、茹でて食べるとすごくうまい、とは嬉しい話である。

 私はトムさんに礼を言うと、急いで研究室に戻り、鍋に湯を沸かしてザリガニを茹でた。沸騰した湯で十分ほど茹で、笊にとると、そのザリガニは燃えるような鮮やかな赤色をしていた。数えてみると全部で十一匹もあった。朝から、研究室で茹で立てのザリガニが味わえるなど思ってもいない幸運が舞い込んできたので、心ときめかせ賞味することにした。先ずは、一尾の鋏の部分を左手でつまみあげ、胴の方を右手でつまんですっと静かに左右に引っぱると、首のつけ根から鋏、頭部は左手に、胴部と脚や尾の付いている方は右手に残った。

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