林:なるほど。蜷川さんはどういう演出だったんですか。灰皿を飛ばすという話は有名ですけど。

松重:灰皿とか、いろんな物を飛ばしますけど、演技が下手なので演技指導ができないんですよ。「こうしろ」という解答は自分の中にないんですけど、「できた! おまえ、それ覚えとけ」というのはちゃんとあるんですよ。翌日やると、「同じことを2回やろうとするなよ。なぞったら絶対終わるからな!」って言われるし、日々更新していくんだということを突き詰めさせてくれたんですね。

林:なるほど。

松重:続けることの難しさを蜷川さんから教わったことが、僕の財産だと思ってるんです。「孤独のグルメ」も、シーズン1からシーズン2に向かうとき、どこを削ってどこを増やして、どう見せたらいいかということをスタッフでディスカッションしたんです。ただ食べてるだけのドラマなんですが、毎回けっこう綿密に打ち合わせしてるんですよね。

林:「孤独のグルメ」に蜷川さんの教えが入ってるんですね。

松重:それは間違いなく入ってると思います。今でもよく夢枕に出てくるんです。この間も夢の中で、蜷川さんのスタジオに集められて「おまえ、劇場がこんな状態になってるときにどうするんだよ」「えーと、いま文章を書いてまして、そっちで俳優のスキルを高める方法を考えています」「わかった。それを書け」みたいなことを言われた夢を見たんです。

林:じゃあ、本にも蜷川さんのお言葉が生きてるわけですね。

松重:そうなんですよ。裏と表の両方のカルチャーを見てきた蜷川さんが僕らに伝えたいのは、この世界で生きていく方法として「どんなときでも停滞させるなよ。楽しようとしたらすぐ終わるからな」ということに尽きると思います。それは僕の財産だし、誰かにバトンを渡していく必要があるんだろうなと思いますね。

林:そういう松重さんだから、ご本の中で、主役の“アイドル君”をちょっと揶揄(やゆ)したようにも書いてあって……。

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