AERAで連載中の「いま観るシネマ」では、毎週、数多く公開されている映画の中から、いま観ておくべき作品の舞台裏を監督や演者に直接インタビューして紹介。「もう1本 おすすめDVD」では、あわせて観て欲しい1本をセレクトしています。
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もしかして、これはドキュメンタリーなのか。「ノマドランド」を観た人は、たびたびそんな錯覚に陥るはずだ。
答えは、イエスでもあり、ノーでもある。プロの俳優ではない一般人を起用し、その人たちをリアルに、自然にとらえていくのは、クロエ・ジャオ監督(38)が過去2作でもやってみせたことだ。彼女のそんな個性と感性に魅せられたから、原作のノンフィクション本の権利を取得したフランシス・マクドーマンド(63)は、ジャオに声をかけたのだ。
タイトルにある“ノマド”は、家を持たず、仕事のある場所へ移動しながら車で生活をする、現代の遊牧民を指す。この映画には本物のノマドたちが多数出演している。
「フランシスからメールをもらって原作本のタイトルを見た時、この役が務まるのは彼女しかいないだろうと思いました。まだ本を読んでいなかったのに、そう確信したんですよ。役の準備のため、フランシスはノマドと一緒に生活をし、溶け込んでくれました。彼らに心を開いてもらうにはそれしかないんです」
夫に先立たれ、勤めた会社も閉鎖してしまった時、ファーン(マクドーマンド)は、長く住んだ街を後にし、キャンピングカーに乗って、新たな人生への一歩を踏み出す。アマゾンの配送センターなど、仕事を渡り歩く中では、しばらくしてまた同じ顔に出会うこともある。そんな彼らから、ジャオは貴重なことを学んだと振り返る。
「ひとつの映画の撮影が終わって家に帰る時、この人たちにもう会えないんだと思うと、悲しくなっていつも泣いてしまうんです。でも、この映画に出てくるある男性が、だから自分はこの生き方が好きなんだと言うのを聞いて、はっとしました。きっとまたどこかで会えるから、本当のさようならはないんだと、彼は言ったのです。そう聞いて、別れをつらく感じてもいいのだと気づき、心が癒やされました」
ノマドたちは圧倒的に白人で、彼らが住むのは保守派が強い土地柄。そのため、「意図的にトランプ支持者たちの人間味を描いている」という、うがった見方もできなくはない。だが、この映画に政治的メッセージはないとジャオは主張する。それはサウスダコタで長編デビュー作を撮った時から貫いてきた姿勢だ。