冒頭の地下足袋業界だけでなく、現在は多くの業界で「未来が見えない」と感じている方がほとんどなのではないでしょうか。社員の平均年齢が高くて昇給も昇進も厳しい。業績が伸びないので将来的にリストラされる不安を抱いている。市場が小さくなって売上を伸ばす方策が見いだせないといった閉塞感のある環境です。

 現時点でこうした厳しい状況である現実は覆すことはできませんが、これから先も厳しいとは限りません。ポジティブなシナリオを考えて、それを積極的に発言し、そのシナリオに向かって頑張る姿勢を示すことが大切なのです。

 たとえば、閉塞感が漂う百貨店業界で危機意識を持ち、「変革すればたくさんの可能性がある」と発言している知人は、会社から干されるどころか、命運を握る通販事業部門の担当役員に抜てきされました。

 閉塞感のある時代だからこそ、前向きなビジョンをもって語る人は非常に目立ちます。暗い未来より、明るい未来を描いてくれそうな人に大切な仕事を任せたいと誰もが思うのは当然のことでしょう。

 ポジティブであれば何でもいいというわけではありません。その道筋がよりリアルに描かれているときに初めて、可能性が開けるのです。

 このような例があります。「〇〇業界で日本一になる」と社員にはっぱをかけていた、ある社長がいました。当初は業界でもほとんど知られていないマイナーな存在だったので、社員も懐疑的になりかけましたが、日本一とはどのような状態のことで、そのために何をすべきか具体的なシナリオを提示したので、社員はそのシナリオに惹かれて奮起し、数年後には本当に日本一になったのです。

 まさにリアルなポジティブ発言が周囲を動かした成功例です。

 ただ、その話には続きがあります。

 その社長が60代になり引退を決意して社内から後継者を指名したところ、その後継者が「私は世界一を目指します」と言い出したのです。

 ただ、具体的なシナリオは示されることはなく、その後も「世界一を目指しましょう」という言葉だけが発せられたようです。すると世界一どころか日本一からも転落。後継者は2年で解任されて、前社長が復帰。業績回復にはだいぶ時間がかかったとのことです。 

 具体的なシナリオのないポジティブな発言だけでは、信頼さえも失ってしまうことがあるということをこの例が示しています。シナリオとは個別具体性です。5W1Hが極力はっきりしていることが大事なのです。

西野一輝(にしの・かずき)/経営・組織戦略コンサルタント。大学卒業後、大手出版社に入社。ビジネス関連の編集・企画に関わる。現在は独立して事務所を設立。経営者、専門家など2000名以上に取材を行ってきた経験を生かして、人材育成や組織開発の支援を行っている。

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