映画「舟を編む」が日本アカデミー賞最優秀作品賞、「夜空はいつでも最高密度の青色だ」がキネマ旬報ベストワン……。37歳にして、すでに数々の栄誉を手にしている映画監督の石井裕也さん。2020年には、AERAの連載エッセイを中心に編んだ初の著書『映画演出・個人的研究課題』を刊行。そして今年も監督作2本の劇場公開が予定されている。さらなる充実期を迎えようとしている日本映画の先頭走者は、コロナ禍の今、何を考えているのだろうか?
石井監督は、池松壮亮を主演に韓国で撮った「アジアの天使」(2021年7月2日公開予定)に続き、昨年夏には自身の母親をモチーフにした「茜色に焼かれる」(同年5月21日公開予定)という新作を撮影した。石井監督の母親は、彼が7歳の時、つまり小学1年生の時に、がんのために37歳で他界したという。早くに死別したこともあって、石井監督の人格形成に極めて大きな影響を与えているようだ。『映画演出・個人的研究課題』でも、あちらこちらで言及している。
例えば。
<きっと見る人が見れば気持ちの悪い歪んだマザー・コンプレックスなのだろうが、最近は、まるで年下とは思えない母親の記憶をあれやこれやと探し集めている。そうこうしているうちに、母親についての映画を作ってみたいと、ふと思った。>
石井監督は昨年6月に、母が亡くなったのと同じ37歳になった。「この本に書きましたが、よくよく計算してみたら、母親は36歳の時に亡くなっていたんです(笑)。衝撃でした。気づかないうちに母親の年齢を超えていたなんて……」
ただ、「茜色に焼かれる」を撮るきっかけになったのは、やはり自身が37歳になったことだったという。
「コロナ禍という事態に直面した時に、表現者と言うか一人の映画作家として、どういう態度でいるべきかすごく悩みました。リモートで映画を作るお話もいただいたんですが、結局お断りしてしまいした。沈黙以上に価値のあることが見つからなかったから。当時、いろんな業界の人たちが『ステイホーム』と口々に発信していましたが、それが非常に軽い言葉のように感じられたんです。『新しい生活様式』とか『ロックダウン』とか、次から次に新しい言葉が出てきて、しかもその言葉たちが迷走していました。この状況の中でやるべきことは何もない、しばらくの間は沈黙だなと思いました。そんな時に折しも、僕は、母親が亡くなった(と思い込んでいた)年齢になった。不思議な感情になり、突然どうしても映画が撮りたくなりました。今ここにいる不安定な自分を産み落とした張本人である母親についての映画です。自分にちゃんと向き合うためにも、今まで溜め込んできたというか、避けてきた母親についての作品を撮ろうと。それは価値がある、と思いました。あるいは、そう思い込もうとしただけかもしれませんけど」