平壌に住んでいた脱北者の一人は「稼ぎが多い方の発言力が当然強くなる。若い世代の家庭では、男性が家事を負担する場合も増えているようだ」と語る。
次に、指導者の世代交代も進む。金正恩(キムジョンウン)氏が祖父の政治スタイルを踏襲しているのは、母の高氏を大切に扱わなかった父への反発が影響しているという。李雪主(リソルチュ)氏は18年3月、訪朝した韓国特使団との会食の席で、正恩氏を「ナムピョン(夫)」と呼んだ。北朝鮮では従来、妻が夫を呼ぶ際、「世帯主」や「○○(子どもの名前)アボジ(父)」と呼ぶ場合が多かったが、これも意識の変化と言えるだろう。
そして、北朝鮮には密輸の形で、様々な外国文化が入ってきている。DVDやUSBに収められた韓国ドラマやハリウッド映画を楽しむ北朝鮮市民も大勢いる。北朝鮮での長い取材経験がある、週刊金曜日編集部の文聖姫(ムンソンヒ)さんは10年ごろに平壌を訪れた際、若い女性たちとすれ違った。女性たちはみなチマ・チョゴリ姿だったが、全員が同じような厚底のサンダルを履いていた。韓国女優ソン・ヘギョが人気ドラマ「秋の童話」で使っていたサンダルにそっくりだった。日本では当たり前の、普通にオシャレを楽しむ文化が少しずつ生まれている。
ただ、北朝鮮は今、18年から19年にかけ、米韓両国などとの外交交渉の過程で、市民たちに思想的な動揺が広がったと判断。猛烈な締め付けに転じている。最高人民会議は昨年12月、「反動思想文化排撃法」を採択した。金正恩氏は今年2月の党中央委員会総会で「反社会主義的行為を無慈悲に掃滅すべきだ」と語った。せっかく始まった女性の地位向上の流れも再び、危機に直面している。(朝日新聞編集委員 牧野愛博)
※AERA 2021年3月29日号より抜粋