食事は人間が生きていく上で最も大切。頭でわかっていても、コンビニ弁当や外食に走ってしまう。そんな日常を変えたい人は多いだろう。そこで今回おすすめしたいのが「精進料理」。旬の食材そのものを生かした調理法で、貴重な命をいただくという考え方に基づいている。
「若い人は『ほっとする味』とよく言いますね」。精進料理研究家の藤井まりさんは、柔和な表情で語る。約30年前に夫である故・藤井宗哲さんとともに、鎌倉・稲村ガ崎の「不識庵」で料理塾を始めた。「夫は5歳で出家得度して、建長寺などの禅寺で10年間、修行をしました。そして、どのお寺でも典座を任されていたんです」。
典座とは、禅寺の調理担当者。その経験を生かして編者として『精進料理辞典』などを出版した。その後に夫婦で精進料理塾を始め、7年前に宗哲さんが他界した後、まりさんがその志を受け継ぐ。
「和食のいろいろな部分をそぎ落とした骨格のようなものです。日本食の良さを再認識するのにピッタリな料理だと思います」
精進料理は、修行僧の食事として、仏教とともに日本の寺院に伝わった。平安中期に書かれた『枕草子』にも「精進物」と記されている。当時、さほど重視されていなかった食事を、修行ととらえ直したのが曹洞宗の基を開いた道元だ。
貞応2(1223)年、宋へ渡った若き道元は、日本の食材を求めて長い道のりを歩いてきた老典座と出会う。「なぜ坐禅などの修行をしないで、台所仕事をしているのか」と問う道元に、老典座は「自分に任された台所仕事を一心に務めることが修行」と答えたという。
坐禅も洗面も食事作りも、生活の日常茶飯すべてが修行――。日本に戻った道元は、典座職を大力量の者と定め、『典座教訓』『赴粥飯法(ふしゅくはんぽう)』などで調理・食事について詳しく説いた。後に「自分がいささかたりとも修行について理解しているのは、この老典座のお陰である」と述べた。
まりさんは言う。「夫は臨済宗のお寺で修行をしていたのですが、『典座教訓』の現代語訳を出版するなど、道元禅師の教えも大切にしていました」。
精進料理は、食材に制限があるが、特別な調理法はない。家庭で作れるので簡単にポイントを紹介しよう。まずは食材から。
「主に野菜、豆類、穀類、果実、種子、海藻、乾物などを使います。仏教の『不殺生戒』により、肉や魚など、追いかけると逃げる食材は避ける。だしは昆布と干ししいたけ。煮干しやかつお節は使いません」
ネギやニンニクなど、香りが強い食材もNG。また、旬の食材を用いるのが精進料理の特徴だ。「今回使ったたけのこは庵のそばの竹やぶで採れたもの。わかめは春一番が吹いたときに近くの海岸で採り、ゆがいて天日干しにしました。『身土不二』といいますが、地元で採れたものが自分の体にいちばん合っているという考え方です」。
今でいう地産地消といったところか。「春は木の芽やふきのとう、うど、わらびなどのほろ苦さを楽しむ。この苦味成分は、冬の間についた脂肪を溶かす助けになると考えられています。夏はトマトやキュウリ、ナスなどで体の熱をとる。秋は唐辛子や生姜と芋類を組み合わせて弱った胃腸を整え、冬は根菜と油で冷えた体を温める。旬の食材にはそれぞれ意味があるんです」。
※週刊朝日 2013年5月24日号