「昔」がどれくらい前のことか聞くまでもなく、出家していた私には、それもふさわしいと求める条件になりました。
その頃は、まわりに家はなく、ほんとに「野」に家を建てた感じだったのです。
地代も安くて、銀行で借りられるお金で間に合いました。
何年かたち、ようやく棲み慣れた頃、親しくなったヨコオさんが遊びに見えて、すっかりあたりを気に入られて、近くへ引っ越してくると話が進みましたね。ところがそれを聞いた美輪明宏さんが、
「あそこへ行けばヨコオちゃんは仕事がなくなり、病気になって死んでしまうよ。」
と止めに入って、ヨコオ夫人がびっくりして、
「でもセトウチさんはあんなに元気じゃないですか。」
と言ったら、美輪さんが、
「あの人は坊主になったからいいのよ。あそこは平安時代は、死体捨て場だったのよ。」
と言うことで、ヨコオ夫人がすっかり脅えて、隣にくる話はオジャンになりましたね。
神秘的な美輪さんの言うことは、信じておくが安全です。おかげでヨコオちゃんも八十代も半ばの老境まで長生きしちゃってるし。
ヨコオさんの話に近頃出てくる寒山拾得の居たお寺へ、昔、昔、中国旅行で行きましたよ。門を入ったすぐ右側に二人の銅像がありましたが、およそ想像と違う今様のサラリーマンのような平凡な顔をしていました。亡くなった日本の榊莫山さんの笑顔の方が似ているように思いませんか?
そういえば莫山氏も、寒山拾得が好きだったらしく、よく彼らの風貌を描いておられましたね。
さて、いよいよ私は死に近くなったらしく、夜、昼の区別もなく、眠り続けています。夢も見ません。起きている今が、夢なのでしょうか?
では、また。
※週刊朝日 2021年4月23日号