作家・亀和田武氏は、日々数多くの雑誌を読み、その中からこれは!と思う話題をズバリと切り取るコラムを週刊朝日に連載している。今回は、村上春樹を特集したある雑誌について、こう指摘する。

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 村上春樹の新作は4月12日に発売され、1週間後には100万部を突破した。

「ニューズウィーク日本版」(阪急コミュニケーションズ)5月21日号は、他メディアとひと味異なる特集を組んだ。題して“日本人が知らない村上春樹”。世界各国でのムラカミ人気を紹介している。

 アメリカでの受容のされかたを報じる記事に何度も「村上作品は『文学』なのか」と問うくだりがあって、違和感を覚えた。いまさら文学かどうかって事大主義だよ。

『1Q84』を「あきれた作品」と酷評した書評家は「登場人物の乳房のことばかり書く」のはおかしいという。リトル・ピープルにも「とても賢いはずなのに、話す言葉がほとんど『ほうほう』だけだというのは、いったいどういうことか」と疑問を投じる。

 韓国ほど熱狂的な村上ファンが多い国は珍しいようだ。

『ノルウェイの森』は「80年代の民主化運動に参加した韓国の若者の心をつかんだ。軍事政権を倒した後、虚脱と虚無感にとらわれていた世代だ」。彼らは「豊かなのに空虚な社会の雰囲気がずばり描かれていると受け止めた」。

 小資(シアオツー=「プチブル」)という中国語を、この特集で知った。欧米の豊かな暮らしと思想を追い求めた90年代、村上はボルヘスやスターバックスと並び、“小資”になるための必須アイテムだった。

 一党独裁の腐敗が横行するいま、若い読者は『ノルウェイの森』の恋愛を書く村上ではなく、エルサレムで“壁と卵”について語った村上に共感を抱く。世代ごとに受け止め方が異なる村上ファン。世界でもっとも抑圧された複雑で巨大な国家らしいと思う。

 村上春樹を通して、私の知らない、世界各国の文化と政治状況が伝わる企画だ。

週刊朝日 2013年6月7日号