「これはきついかも……」
そう思ったのは3日目だった。どう乗り切る? 規則正しい生活しかないと思った。朝6時に起き、体温測定。それをラインアプリで送る。怠るとホテルに常駐する看護婦さんから電話がかかってくる。そしてラジオ体操……。7時半には朝食が届く。昼間は仕事。夕方、再び体温を測ってラインで送る。
僕は原稿を書くことが仕事だから、缶詰という隔離に近い状態を日本で何回か経験している。そんな僕でもつらさが募る。隣の部屋はタイ人家族のようだった。お母さんと幼い子供がふたり。苛だつ声が壁越しに聞こえてくる。
途中、ドアの外に出たのは、2回のPCR検査のときだけだった。チェックアウト前日、プールサイドに45分出ることが許されたが。
最終日。荷物をまとめながら、虚しさが募った。これだけの労力と時間、そして費用を使い隔離をする。それを経れば、自由にタイ国内の旅ができる。しかしチェックアウト後、ホテルの前の道で新型コロナウイルスに感染しないとも限らない。そうなると、この隔離は水の泡と化してしまう。人間はウイルスの前ではあまりに無力だ。
(続く)
■下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(毎週)、「たそがれ色のオデッセイ」(週)、「沖縄の離島旅」(毎月)、「タビノート」(毎月)。