浜矩子/経済学者、同志社大学大学院教授
浜矩子/経済学者、同志社大学大学院教授
この記事の写真をすべて見る

 経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。

*  *  *

「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」という歌をご存じの方は多いだろう。ビートルズの作品だ。1968年に出た。その歌詞は、もっぱらポール・マッカートニーの筆になるという。

 この曲は、サビが勘所だ。

「バック・イン・ザ・US…バック・イン・ザ・US…バック・イン・ザ・USSR」とくる。「帰って来たぜ合衆国に!」かと思いきや、「帰って来たぜソ連邦!」なのである。

 この言葉のひっかけに、冷戦たけなわだった当時の空気が濃厚に漂っている。「USでもUSSRでも、どっちも同じようなもん」。そう言いたげだ。目くじらを立てた政治対立を、小バカにして突き放す。この感じが、とてもビートルズっぽい。

 ソ連邦が消滅して久しい今、この突き放し方の妙味も、次第に理解されなくなっていくのか。そうかもしれない。残念だ。だが、仮にそうだとしても、この曲の中には、まさしく今だからこそ、我々を改めてハッとさせるくだりがある。次の通りだ(翻訳筆者)。

「ウクライナ娘にゃノックアウトされるぜ。西側娘は目じゃないね。モスクワ娘に目をむけりゃ、歌ってわめきまくりたくなる。永遠に『我が心のジョージア』だってなぁ」

 これまた皆さんよくご存じの通り、「我が心のジョージア」はジャズの名曲だ。USでもUSSRでも同じようなものだというので、当時、ソ連邦の一部だったジョージアとアメリカのジョージア州をダブらせている。

 いまや、ウクライナもジョージアも独立国だ。だが、彼らのこの独立は、実に危うい。21世紀のロシア皇帝たらんとするプーチン大統領が、何かにつけて魔の手を繰り出してくる。

 プーチン氏は、ウクライナの一部だったクリミアを強引に併合した。2014年のことである。そしてこの数日、ロシア・ウクライナ間の国境付近に軍を集結させている。こうして、クリミア奪還を目指すウクライナのゼレンスキー大統領を盛んに威嚇しているのである。ジョージアもまた、常にロシアの動きに神経をとがらせている。

 この状況をみたら、ポールはどんなパロディー・ソングを書くだろう。今度は、「バック・イン」どこになるのだろう。

浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演

AERA 2021年5月3日-5月10日合併号