■予測と違うと記憶に残りやすい
本記事の冒頭に出した例をもとに「統計学習」についてもう少し詳しくご説明していきましょう。
(1)の「青信号になったので横断歩道を渡ろうとしたら、車が信号無視をして突っ切ってきたので、轢かれそうになった」という現象です。
信号無視の車は、日本社会で生きているかぎり、「めったにない」ことです。よって私たちは、これまでの経験から「青信号の横断歩道を渡るときに車が横切る現象」の確率を脳の統計学習によって「ほとんど0%」と予測しています。
その予測に反した現象が起きたので、脳はびっくりします。そして、知識がアップデートされ、記憶として残るようになります。
「青信号の横断歩道を渡るときでも車が横切る」確率が「0%から少し上がる」わけです。
けれども、もし、今日も信号無視の車が来なかったら、どうでしょうか。
今日の思い出として記憶に残らなかったはずです。
だから冒頭での質問に、「今日は何も記憶に残るようなことがなかった」と思った人は、「今日は自分の統計学習による予測がすべて正しかった」ともいえるかもしれません。
(2)の「転びそうになった」も同様です。通勤路や通学路など毎日歩いている道で「転ぶ」ことはほぼないはずです。
だから何も考えずに毎日歩いています。
これは脳の統計学習によって、安心な道、危険がほぼない道と認識したからです。
しかし、石につまずき転びそうになったことで脳は「予測と違う」となり、記憶に残ります。
すると、翌日歩くときには、「昨日はここで転びそうになったから、気をつけなければ」と少し意識するようになるでしょう。
ここでは、わかりやすくするために少し乱暴な例示をしていますが、私たちの一日の生活のありとあらゆるものには、統計的な確率的要素が入っています。
「経験からえた無意識の予測」に従って行動しているといえるのです。