オックスフォード大、マックスプランク研究所、ケンブリッジ大をへて、現在、東大ニューロインテリジェンス国際研究機構で研究を続ける脳神経科学者の大黒達也氏。最新刊『AI時代に自分の才能を伸ばすということ』(朝日新聞出版・刊)では、大黒氏の研究内容である「統計学習」を中心に、AI時代こそ、人間的な「創造性」「個性」「芸術」に着目される理由、伸ばし方が紹介されています。
この記事では、『AI時代に自分の才能を伸ばすということ』から特別に抜粋し、脳が「安心したい」「楽をしたい」からこそ生まれたといえる脳のシステム「統計学習」の基本知識などついてお届けします。
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脳神経科学、心理学、人工知能(AI)を用いて音楽的な芸術性について研究しています大黒達也と申します。特に、「人間の個性や創造性、才能、芸術などが、どこから生まれて、そしてどのようにして発達・成長していくのか」ということに興味をもち、研究しています。
■脳の統計学習とは何か?
皆さんは、今日一日の中でどんなことをして、そして、どのようなことを感じたり喜んだりしたでしょうか。
下はビジネスマンAさんの一日の出来事です。
(1)朝、青信号になったので横断歩道を渡ろうとしたら、車が信号無視をして突っ切ってきたので、轢かれそうになってびっくりした。
(2)通勤路の途中で、石につまずいて転びそうになって慌てた。
(3)帰り際に、後輩から思いがけずプレゼントをもらって嬉しかった。
Aさんのように、さまざまなことが思い浮かぶ人もいれば、「今日は何もなかった」と思う人もいるでしょう。
しかし「何もなかった」と思っても、私たちは普段、特に何も意識しなくてもあらゆることをしています。
例えば朝の行動です。目覚ましが鳴って目が覚めて、起き上がって顔を洗って、服を着替えて、朝ごはんを食べて、鍵を締めて家を出たりします。その後も駅までの道を歩いて、電車に乗り、職場に行ったり、自転車に乗って買い物に行ったりします。
またこれらのすべての行動には、「歩行」や「物を持つ動作」など、非常に複雑な動きをたくさんしていますが、そのすべての行動一つひとつは、意識しなくても勝手に動くことでしょう。
このお話をさせていただいたのは、本記事でお伝えする「統計学習」を説明するためです。
「統計学習」とは、いったい何でしょうか。