『if i could make it go quiet』ガール・イン・レッド(Album Review)
『if i could make it go quiet』ガール・イン・レッド(Album Review)

 1999年生まれの現22歳。本名をマリー・ウルヴェンといい、本人曰く「少し退屈だった」というノルウェーのホーテンという静かな町で育った。幼少期から曲作りをしていたがミュージシャン志望ではなく、祖父からギターをプレゼントされたことを期に音楽への関心が強まったという。ギターやピアノの演奏もこなす彼女だが、すべて独学だというから驚かされる。

 2016年にSoundCloudで公開した処女作「I Wanna Be Your Girlfriend」が大きな反響を呼び、翌2017年に同曲でデビュー。これまで累計1億5,000万回のストリーミングを記録し、RIAAでゴールドに認定されるヒットを記録した。翌2018年にはこの曲も収録した初EP『チャプター1』を発表。同年にはシングル「We Fell in Love in October」が米ロック&オルタナティブ・ソング・チャートで14位、UKのセールス・チャートでは4位を獲得し、知名度を高めた。

 2019年にはいくつかのシングルとEP第二弾『チャプター2』、それからコンピレーション・アルバム『ビギニングス』をリリースする精力的な活動を展開し、翌2020年にはノルウェー版グラミー賞とされている【Spellemannprisen】で<最優秀新人賞>にノミネートされる快挙を達成。SoundCloudに公開してから3年ちょっとで国際的なアーティストの地位を確立したわけだ。

 満を持して世に送り出したデビュー・アルバム『if i could make it go quiet』は、これまでの作品の延長にあるインディー・ロックやベッドルーム・ポップといったサウンドに、メンタルヘルスやセクシュアリティ、SNSやメディアの悪影響から死についてまで、より自身の深い部分を明るみにした内容に仕上がっている。

 本作も演奏から制作までを自らが行い、共同プロデューサーとして同ノルウェーのシンガー・ソングライター=マティアス・テレスを招いた。1曲目に収録された「Serotonin」のみ、ビリー・アイリッシュの兄であるフィニアスが参加している。独創的なカバー・アートは、フレドリック・ウィグ・ソレンセンというノルウェーのアーティスト/画家が描いた油絵だそうで、複雑な感情が入り乱れたアルバム・コンセプトが美しく表現された。

 その「Serotonin」は、タイトルに直結した精神状態の不安定さを歌った曲で、インダストリアルのような歪んだビートと、風通しの良い爽やかでキャッチーなサビが共存するサウンド・プロダクション、エフェクトで歪ませた巻き舌のボーカルいずれも完成度高く、米ロック・ソング・チャートで23位に初ランクインしたのも、本人が「過去最高傑作」と公言したのも頷ける。キャラ性からもビリー・アイリッシュと比較されがちだが、この曲ではフィニアスがしっかりラインを引き、本人の個性も十二分に発揮された。

 「Serotonin」から繋ぐ「Did You Come?」は、初期のケイティ・ペリー(あたり)を彷彿させるカラっとしたロック・ポップだが、歌っているのは元恋人への恨み節というギャップが魅力。6曲目に収録された「You Stupid Bitch」でも、“愚か”と否定する誰かへの痛烈なメッセージをパンク・ロックに乗せて歌っていたりする。一方、疾走感のあるウエストコースト風味の「.」では、距離ができてしまった原因が自身のコミュニケーション不足だったと、控えめに後悔するような一面も。恋愛絡みの歌では、微妙な関係性を否定的に綴った、 弦楽器とピアノの音色が豊かに煌めく「midnight love」もいい曲。

 心と体の相互作用、乱れや消耗のもどかしさを叫ぶダーク・ポップ「Body And Mind」、仕事や恋愛による人間関係、友人との信頼など妄想と実体験を混合させて歌うドリーミーでノスタルジックな雰囲気の「hornylovesickmess」、アメリカの人気ドラマ『ユーフォリア』の登場人物からインスピレーションを受けたという、重たいシンセとギターが渦巻くマイナー調の「Rue」、“小さい世界”と表現した自宅アパートを題した、深い心の闇が伺える感傷的で切ないメロウ「Apartment 402」と、これら全曲が実体験に基づいたものだというから、なかなか考えさせられる。

 それらを総括して「自分を解放して誰かを傷つけず愛すること」とポジティブに切り替えたガレージ・ロック 「I’ll Call You Mine」~物悲しく残響するピアノと弦によるオケ「it would feel like this」で終了。約33分と短い時間ではあるがずっしり残り、何度もリピートせずとも記憶に留まる、そんなアルバムだった。お世辞にも大衆受けが良いとはいえず、この思想を受け入れるのが難しいケースもあるだろうが、「自身のメンタルについてここまで明るみにしたのは初めて」と媚びずに貫いたその姿勢に意義がある。

 “ある個人”の感情論であるが、それにより救われること、考えさせられることもある。それは、彼女の内省的であるが故の賜物。Z世代が抱える価値観や思想を知るという意味でも、重要な作品。

Text: 本家 一成