テニスがあかんのならプールで泳ぐか──。十年ほど前、スイミングスクールに通ったことを思い出した。二カ月でやめたが、ゴーグルやスイミングキャップは捨てていないからどこかにあるはずだ。
ネットでスクールの電話番号を調べ、ダイヤルボタンを押そうとしたとき、ふと思い出した。いつも眼が充血して痛くなったことを。
そう、三年ほど前、テレビの『チコちゃんに叱られる!』という番組でやっていた。「プールで眼が赤くなるのは消毒用の塩素のせいではなく、人間の尿や汗に含まれるアンモニアと塩素が結合してできる『クロラミン』という刺激物が眼にわるさをする」と──。
わたしは電話をやめ、よめはんにいった。「ね、これから毎晩、ふたりでお散歩をしよ」「なにそれ。どういう風の吹きまわし?」「緊急事態宣言やから」「意味不明」「血圧高いし、メタボやから」「それやったら分かる」「今日からしよか。お散歩。お手々つないで」「今日はお絵描きする」「ほな、明日から」「麻雀は」「麻雀もする」「どっちかにして。麻雀か、お散歩か」「それはむずかしい選択やな」
──で、麻雀をとった。わたしのアイデンティティーだから。そう、よめはんとわたしは毎日、ふたり麻雀をしている。
黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する
※週刊朝日 2021年5月21日号