言葉によって可視化された香りの中から、さらにイメージを深めていくことで真に求めていた香りの探索ができる、というわけだ。
「普段は漠然と感じていた抽象的な香りの印象を、利用者自身が感じた言葉と紐づけることで明瞭になる『香りの超感覚体験』を味わうことができます」(栗栖さん)
「香りの超感覚体験」とは、「香りが頭の中で豊かな情景として広がっていくような感覚」などを指すという。
栗栖さんが注目しているのは、東京大学大学院農学生命科学研究科の東原和成教授らが19年に発表した研究論文だ。自分の意思で匂いの快さに注意を向けるとき、右脳と左脳の両脳を活性化させることがわかったのだ。
「カオリウムを使って好きな香りを論理的な言葉と紐づけることによって、脳全体を活性化させられる可能性があると考えています」(栗栖さん)
ユニークなのが教育への応用だ。カオリウムで導いた好きな香りを実際に嗅いでから、「浮かんだイメージを詩や物語にする」という小学生対象のオンライン講座を実施したところ、大人が驚くような表現豊かな詩や物語が続々生まれたという。
「ある小学生は、ゆずの香りから『宇宙生物』という言葉を連想しました。哲学者のルソーが『嗅覚(きゅうかく)は想像力の感覚である』という言葉を残していますが、その通りだなと感じています」(同)
同社は昨年2月、香りと言語を組み合わせる体験がもたらす効果を検証する東原教授との共同研究をスタートさせた。栗栖さんは、香りが感性や思考を刺激し、豊かな創造力を育む科学的論拠を見いだしたい、と意気込む。
■400の嗅覚受容体で感知 情動と関連づけしやすい
嗅覚のメカニズムはどこまでわかっているのか。
地球上には数十万種もの匂い分子があると言われている。人間はそれらを鼻腔の奥にある約400個の嗅覚受容体を使って感知している。一つひとつの匂い分子は複数の嗅覚受容体によって認識され、どの受容体と結合するかは匂い分子ごとに異なる。
しかも、匂いの感じ方は一人ひとり違う。受容体の形や感知する力には個人差があり、さらに脳でその人の記憶と結合して、初めて「匂い」として感じるからだ。東原教授は言う。
「人間の場合、他の動物のように嗅覚で生命の危機を察知したり、敵と味方を区別したりすることはほとんどありません。しかし人間にも、無意識のうちに情動や生理的な変化にダイレクトに影響を与えるのが嗅覚の特徴です」