鼻をくすぐる香りに、街角でふと振り返る。香りとともに、記憶が一気によみがえった──。無意識のうちに心の奥深いところに入り込み、気持ちを揺さぶるのが嗅覚だ。五感の中でも謎だらけだった「香りの研究」が今、飛躍的に進んでいる。AERA 2021年5月17日号で取材した。
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風薫る5月。にもかかわらずマスク生活が続き、屋外で深く息を吸い込む機会もめっきり減った。私たちは今、香りを嗅ぐことに飢えていないか。
コロナ禍の今、市場にも「香りのニーズ」が反映されているという。「香り体験」の企画開発に取り組む「セントマティック」の栗栖(くりす)俊治社長(42)は「コロナ不況下でもフレグランス商品は売れ筋になっています」と話す。
■香りを言葉で可視化して脳全体を活性化させる
アロマ効果のあるキャンドルやマスクに好きな香りを吹き付けられるスプレーがヒット。香水のサブスクリプションサービスも人気を集めている。
日本アロマ環境協会によると、国内のアロマ市場は2011年が2654億円、15年は3337億円、18年は3564億円と拡大傾向が続く。香りを楽しむライフスタイルがコロナ禍で一層浸透した、とも言えそうだ。
大学院でコンピューターサイエンスを学んだ栗栖さんは、NTTドコモで携帯やスマホ向けの新サービスや新機能の企画開発を10年間担った。15年にNTTドコモ・ベンチャーズ(15年当時はドコモ・イノベーションズ)のシリコンバレー支店に出向する際、上司から「プロの企画者として、これからの世の中にどんな価値を提供してゆくべきかアメリカで考えてきなさい」と送り出された。栗栖さんはこれまで取り組んできた利便性の追求にとどまらず、人生における豊かな時間をつくる価値を創造したい、と考えた。
18年に帰国後、NTTドコモを退職し、起業の準備に入った栗栖さんが着目したのが「香り」だった。心地よい香りを嗅ぐのは、日常に彩りや豊かさを与えてくれる。
しかし、香りの好みや感じ方は個人差が大きいうえ、好きか嫌いか、といった大雑把な感覚で捉えられがちだ。それぞれの香りの好みをもっと丁寧にすくい取ることはできないか。そう考えた栗栖さんが仲間とともに開発したのが、世の中に存在する様々な香りを多様な言語で表現できるAIを搭載した「KAORIUM(カオリウム)」だ。
好きな香りのボトルを「カオリウム」のセンサー上に置くと、その香りを表現した言葉の相関図がパネル上に出現。利用者は表示された「リラックス」「すっきり」「透明感」といった言葉から、最もイメージに合う言葉を選んでタッチすると、その言葉に紐づく他の香りのリストが示される。