偶然出会った元教え子から「先生はホームレスなの?」と尋ねられ、ファーンが「違う、ハウスレスよ」と思い切り否定するように、彼女は自負と西部の開拓者のようなフロンティアスピリットで我が道を行く。

 内から解放されるような自由は何ものにも代え難いに違いない。だが、自分に置き換えれば話は別だ。60歳を超えて定住先がなく季節労働を渡り歩く生活ができるとは思わない。ノマド生活を楽しむためには、ファーンのような強い意志と覚悟が必要だ。この映画は自ずと自分自身に目を向かわせる。

■彼女がいたからこそ

 ファーンに負けず劣らず個性的な女性が、1980年代の米国を舞台にした、全国公開中の映画「ミナリ」のスンジャだ。演じるのは、韓国ドラマ好きならおなじみのユン・ヨジョン。米国へ移住した娘一家の祖母を演じて韓国人俳優初の助演女優賞に輝いた。

 自由奔放なスンジャは孫のアンとデビッドに花札を教え、「クソ」「この野郎」と悪態も平気でつく。「おばあちゃんらしくない」振る舞いに孫たちは驚きあきれ気味。だが、孫たちと散歩に出れば自由に走らせ、ミナリ(セリ)の種を蒔きに行き、「セリはお金持ちも貧しい人もみんな食べられるんだ」と教える。最初は祖母を嫌っていたデビッドも次第に慣れ、距離を縮めていく。

 そんなスンジャにやがて悲劇が起こり、思わぬ惨事を引き起こす。ショックで一人消え去ろうとするおばあちゃんを追いかける孫たちは言う。

「ハルモニ、一緒に家に帰ろう」

 年をとるとできなくなることがたくさんある。家族に迷惑をかけることもある。だが、スンジャがいたからこそ、慣れない土地で一家は根を張ることができた。だれもが食べられるミナリのように、祖母の愛もしっかり家族を支えていた。

 小品ながら作家性が際立つ作品が並んだ今年のアカデミー賞。それぞれのヒロインたちの姿に目を向ければ、また違う世界が広がって見えてくる。(フリーランス記者・坂口さゆり)

AERA 2021年5月24日号

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