9日から始まった大相撲夏場所にも、白鵬の姿は見えない。今や、横綱の休場が話題にもならないほどになっている。晩節を汚しても地位に恋々とする人、潔く辞める人、死に物狂いで再起を目指す人……。引き際にこそ、人生観が表れる。
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「40歳を過ぎた頃、女優を続けるべきかどうか悩んでいました」
以前、記者が吉永小百合にインタビューしたとき、彼女はそう答えた。
田中絹代の半生を描く「映画女優」(1987年)で田中役を演じるにあたって、引き際について考えたという。
<私は、原節子さんが42歳で引退なさったことを知っていました。人気の高いとき、まるで天照大神が天の岩戸に隠れるように。そういう引き方もあるんですね。
田中絹代さんは「楢山節考」で、ご自分の健康な歯を抜いておばあさんの役をなさるなど、女優としての魂をずっと持ち続けました。
どちらの生き方も素晴らしい>(本誌2018年2月23日号)
さて、最近で引き際が気になる人といえば、白鵬だろう。
昨年の春場所で通算44度目の優勝を果たしたが、それ以降、一度として15日間の土俵をまっとうした場所はない。この1年間、春場所までの5場所(昨年夏場所は中止)の成績は、12勝4敗59休。鶴竜は今年の春場所11日目に引退したが、白鵬はそれでも土俵を割らない。
横綱を「かわいそう」と評するのは、『男の引き際』という著書があるジャーナリストの黒井克行さんだ。
「引き際を間違わせてしまうのは、未練と独善です。特にアスリートの場合は若い頃から一筋で生きているので、その世界の居心地が良すぎる一方で、他の世界に出るのが怖い。そのためパフォーマンスが落ちても、『ここで引退したら後悔する』と未練を持ちます。加えて白鵬はライバルがいなかったので、自分は強いんだ、特別なんだという独善に陥りました。これは不幸なことです」
そう解説する黒井さんは、幸せな例として千代の富士を挙げた。