エッセイスト 小島慶子
エッセイスト 小島慶子
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今年3月24日、厚生労働省で、表現の現場で生じるハラスメントについて調査し、会見する「表現の現場調査団」メンバーら (c)朝日新聞社
今年3月24日、厚生労働省で、表現の現場で生じるハラスメントについて調査し、会見する「表現の現場調査団」メンバーら (c)朝日新聞社

 タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。

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 床に寝かせたADにゴルフのティーをくわえさせ、プロデューサーがクラブを振り下ろして顔面スレスレでボールを打つ。おびえるADに一同は大笑い。かつてのテレビ局ではこんなことが「武勇伝」として語られていました。さすが狂気の天才プロデューサーだと、暴力行為がなぜか仕事の才能と結びつけられて広められました。

 殴られたり蹴られたりした人の話も、メンタルを病んだ人の話も珍しくありませんでした。結婚披露宴で裸になって踊った話や、飲み会で若いスタッフを無理やり脱がせたという話も聞きました。

 入社後初めて参加した番組の打ち上げでは、男性幹部社員が新人アナに後ろから抱きついて胸をつかむのを目撃。その光景が忘れられず、数年後に社内で初めてセクハラに関するアンケートが行われたときに、詳しく報告しました。職場のパソコンで風俗サイトを見ている男性もいました。セクハラという概念がなく、からかわれたらいかに面白く返すかが、女性の“笑いのセンス”の見せ所でした。

 1990~2000年代のテレビ制作の現場では、それに適応してこそ一人前という空気がありました。そういう現場から、面白い番組が生まれると信じられていたのです。

 今はハラスメントに関する法律が以前よりも厳しくなりましたが、各人が人権尊重のセンサーを鍛えなければ根本的解決にはなりません。

 Netflixでは、作品の制作現場に「リスペクト・トレーニング」を導入したそうです。この言動は相手への敬意を欠いていないか?と制作現場の全ての人が自発的に考えられるよう、トレーニングを受けるのだそうです。

 相手を人として大切にし、敬意を払う。人間らしい働き方を当たり前にする。それが、日本中の職場の新しい習慣となる日が、1日も早く訪れることを願います。

小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。『仕事と子育てが大変すぎてリアルに泣いているママたちへ!』(日経BP社)が発売中

AERA 2021年5月31日号