「珠世様 炭治郎を守って下さい なんとか守ってやって下さい お願いします」
傷ついた隊士の血をぬぐい、涙をこぼし、歯を食いしばりながら、愈史郎は「人であるために」、珠世の願ったとおりに、「彼の戦い」を続けた。
■愈史郎の「永遠の愛」のかたち
その後、鬼舞辻無惨は倒され、人々は「鬼におびやかされることのない世界」を取り戻すことができた。しかし、愈史郎は珠世を失ってしまった。この世に生きる「たったひとりの鬼」になってしまった。
<愈史郎さん 死なないでくださいね 珠世さんのことを覚えていられるのは愈史郎さんだけです>(竈門炭治郎/23巻・第204話「鬼のいない世界」)
炭治郎が愈史郎に放った言葉は何よりも優しいが、残酷でもある。愈史郎は死ぬことも選べず、鬼化した猫の茶々丸とともに、長い長い時を生きることになる。愈史郎は、その後「山本愈史郎」と名乗り、珠世との思い出を絵に描くようになる。
愈史郎は地獄に行った珠世のために、いつおとずれるかわからない、彼女の「幸せ」を絵の中に創造した。あってもよかったはずの珠世の平凡な幸せを、本当は存在するはずだった珠世との幸せな未来を。優しく、愛らしい、たくさんの珠世の穏やかな笑顔を、「永遠の愛」のかたちとして、ひたすら、ひたすら描き続けた。
◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。