生活をともにするというより、仕事帰りに飲みに行ったり、休みを合わせて旅行に出かけたりと、恋人同士のような関係。互いにマイペースを保ちつつの暮らしに、尚樹さんは満足していた。
1年ほどして、子どもを授かった。妊娠、出産で貴子さんの生活は激変したが、尚樹さんは仕事第一の姿勢は変えず、マイペースで過ごした。
「あんまりよく覚えていないんですけど、出産後、彼女は仕事を変えたんです。たぶん、保育園の送り迎えがあるから、時間に融通のきく仕事にしようと思ったんじゃないかな」
実は、このあたり、貴子さんの話とだいぶ食い違う。詳しくは【妻編】で紹介するが、貴子さんによれば、貴子さんはつわりがひどくて、妊娠中に仕事を辞めていた。そして、子どもが3歳になるまで専業主婦をしていた。
いずれにしても尚樹さんは、貴子さんの仕事について、ほとんど把握していなかった。仕事を辞めるとか、変えるとか、貴子さんに相談されたことはなかったのか。
「あったような気もするけれど、あまり覚えていません。僕はそこらへん無頓着で、いい意味で、自分のやりたいようにやってくれたらいい、と。干渉はまったくしないし、されたくないタイプなんです」
結婚するにあたり、「こんな暮らしがしたいね」「こんなおうちに住みたいね」「子どもは何人くらい欲しいね」などと人生設計を語り合うカップルは多いと思うが、尚樹さんは、貴子さんとそのような会話をした記憶がない。
「たぶん、はじめのうち彼女は、そういう話をしてきたんだと思うんです。でも、僕が取り合わなかったから、だんだん話さなくなっていったんだと思います」
尚樹さんに、悪気はない。「家庭」とか「将来」というものに、尚樹さんはまったく興味がなかったのだ。
「だってこの先、人生、どうなるかわからないじゃないですか」
行き当たりばったりの性格は、母親譲りかもしれない、と尚樹さんは言う。尚樹さんは大手企業でサラリーマンをしていた父親、保険外交員をしていた母親のもとで育った。専業主婦の多かった時代に仕事をもち、自由な生き方をしていた母親の影響を大きく受けたと感じている。