「ある店で絵とサインが入った色紙を頼まれた水丸さんは1時間待たせてからささっと書いた。『簡単に描けると思われたら嫌だ』。そんなことを言っていた(笑)」
『うずまき猫のみつけかた』や『ふわふわ』など、猫にまつわる春樹さん本の装丁も手がけたが、「実は猫が苦手。うちの猫がそれを見破ってわざと水丸さんの手に自分の前足を置いた。そうしたら震えあがってね!」
水丸さんが着ていたLeeのデニムジャケットとチノパンも展示されていた。いつだったか四ツ谷駅でお見かけした時と同じ格好だ。安西水丸著『東京美女散歩』の愛読者の僕は、これから美女探検にでも出かけるのかなと後ろ姿を見送った。
「とにかく女性にもてる人だった。『どうしてこんなにもてるんだろう』と驚きあきれるくらいもてた。いつもまわりにきれいな女性がいた。でもそれと同時に彼は、会うたびにいつも奥さんの話をした。酒が入ると、『うちの奥さんはとても素敵な人なんだよ』と真剣にのろけていた」(村上春樹「描かれずに終わった一枚の絵─安西水丸さんのこと─週刊村上朝日堂特別編 週刊朝日2014年4月18日号)
愛妻家の水丸さんは天国でもスケッチブックを携えてあちこち散歩しているに違いない。あのチャーミングな笑顔で。
延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。国文学研究資料館・文化庁共催「ないじぇる芸術共創ラボ」委員。小説現代新人賞、ABU(アジア太平洋放送連合)賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞
※週刊朝日 2021年6月18日号