「おや?」と思って立ち止まる。そしてはじまる旅の迷路――。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界を歩き、食べ、見て、乗って悩む謎解き連載「旅をせんとや生まれけむ」。今回は、東南アジア各国のワクチン接種の事情について。
【実際の写真】先頭はずっと先…タイのワクチン接種会場はこんな感じ
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「3800バーツか……。それも10月」
6月初旬、タイに住む日本人のSさん(55)のスマホに、バンコクにある外国人向けの私立病院から連絡が届いた。日本人向けのワクチン接種情報だった。
すぐに接種できるのは、イギリスのアステラゼネカと中国のシノバックのワクチンで無料だった。しかしモデルナ、ファイザーとなると……。示されたのは、モデルナのワクチン、2回接種分の値段と接種時期だった。
3800バーツは、日本円で約1万4000円。日本のラーメンにあたるクイッティオというそばが1杯200 円前後という物価を考えれば、かなりの高額になる。加えて4カ月も待たなくてはならない。
「タイで受けられるワクチンの人気は、モデルナ、ファイザー、アストラゼネカ、シノバックの順。これはタイ人も日本人も同じ評価。皆、アストラゼネカとシノバックは避けたいと思う。効力と副反応を考えるとね。モデルナが希望なんですが……」
タイ以外の東南アジアの国々でもワクチン接種が進んでいる。欧米と中国のワクチンが入っているが、どのメーカーのワクチンを打つか……人々の心は千々に揺れる。効力と副反応が気になるのだ。
カンボジアと中国の関係は親密だ。カンボジアの公共事業の多くは中国の資金に支えられている。カンボジアで働く中国人も多く、街には中国語の看板が連なる。「カンボジアは中国の属国」という人すらいる。この関係をつくってきたのが、フン・セン首相だ。
首相は、当然、中国製ワクチンを打つと思われていた。
「アストラゼネカだったんです。60歳以上は中国製ワクチンを打てないためなんですが、自分が打ちたくないからつくったルールという噂。皆、中国製は危ないんじゃない?って勘ぐりはじめてしまって……。国民や私たち外国人は中国製しか選択肢はない。どうしようか迷ってます」