

プロレスラーのアントニオ猪木と、ボクシングの世界ヘビー級王者モハメド・アリ。1976年6月26日にあった「伝説」の戦いから 45年が経った。戦いの真実を改めて探る。AERA 2021年7月5日号から。
【アリのマネジャーが「和解」の証しに送ってきた貴重な肖像はこちら】
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<ミスター猪木、彼のマネジャーと関係者全員に伝えてもらいたいことは……俺が約束しているのは……もうひとつエキシビションマッチをするってことだ>
ここに1本の古いカセットテープがある。
ときに言葉を選ぶように、ゆっくりとした英語で話す男性。特徴のある高い声の主は20世紀を代表する米国のボクサーで、2016年に死去したモハメド・アリ(享年74)だ。
■静かな口調で訴える
およそ7分間にわたり、語り続けた。幾多の記者会見で対戦相手を挑発し続けた「トラッシュトーク」は影をひそめ、静かな口調からは切々と訴えるような厳粛さが伝わってくる。
45年前の1976年6月26日。ボクシング世界ヘビー級王者だったアリは、プロレスラー・アントニオ猪木(78)と日本で異種格闘技戦を戦った。
冒頭のテープは、アリの来日直前、猪木が所属する新日本プロレスに届けられていたものである。
「アリ戦のプロモーターであるナショナル・リンカーン・プロダクションのロナルド・ホームズから持ち込まれたものです」
そう語るのは、当時アリ側との交渉を一手に引き受けていた元新日本プロレス専務取締役の新間寿(86)だ。
「猪木さんとの試合が決まった後、アリは向こう(米国)の記者にどういう試合になるのかを問われ、自分の考えを話した。その録音テープが、猪木さんのマネジャーであった私にも事前にメッセージとして送られてきたわけです。当時、交渉の通訳をお願いしていたケン田島さんにテープの内容を聞かされてね。エキシビションという言葉もあったけれど、最後まで聞けば、アリは決められたルールに従って正々堂々と試合をしたいのだと、私はそう理解しました」