その西村氏が、五輪開催に影響を与える発言をしたことへの衝撃は大きかった。
そうしてなかでも、長官発言の3日前の22日午後に、菅首相が陛下に直接、情勢を説明する内奏をしたばかりだった。そのため、水面下では両者の調整がなされていたのではという見方もあった。
「官邸とパイプを持つ西村長官のことです。事前に官邸も把握していたのではないか」(宮内庁OB)
しかし、前出の政府関係者は首をふる。
「そうしたことは全くありません。官邸の空気としては、むしろ、『西村(長官)は何を勝手に言ってるんだ』と驚き、戸惑っていた」
官邸が打った手は、「『黙殺』です」(同)だ。
菅首相をはじめ、加藤勝信官房長官、丸川珠代五輪相らは、呪文のように「長官の発言に過ぎない」と唱えた。西村長官の発言であって、それ以上でも以下でもないとして沈静化を図っている。
だが、すでに政府が五輪特例で入国後の隔離を免除したウガンダの選手らの変異株への感染が判明するなど、状況は悪化の一途をたどっている。
まさに「陛下が五輪開催で感染拡大を懸念」した通りに事態は進んでいる。
一方で、球を投げた宮内庁側にも当然、思惑はある。コロナ禍で五輪を開催すれば犠牲者は必ず出る。それに加え、この東京五輪では業界の利権もあぶり出された。皇室を長く見てきた人物は、こう話す。
「このままでは、1936年にドイツが開催したベルリン五輪に匹敵するほど評判の悪い五輪になりかねない。天皇は東京五輪の名誉総裁として開催を宣言する立場であるし、皇族は各種競技場を観戦することになる。皇室としても、メッセージを出すことで五輪に対して一定の距離を引いたとを示す必要があった。つまり、官邸と皇室とどちらに忠誠を示すかという岐路に立った西村長官は、皇室を支える道を選んだということでしょう」
ある意味、五輪をめぐる宮内庁と官邸の駆け引きという側面もあったのかもしれない。だが、その下でコロナの変異株が蔓延し、犠牲者が出ることは何としても阻止しなければいけない。
(AERAdot.編集部 永井貴子)