下重暁子・作家
下重暁子・作家
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※写真はイメージです (GettyImages)
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 人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は、先日亡くなった立花隆氏との思い出について。

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 萩原朔太郎の散文詩風な小説(ロマン)に「町」がある。

 私は大学の卒論が朔太郎だったので、何回か読み返している。

 詩人は、散歩や旅に出た際、しばしば幻覚に襲われ、現実と区別がつかない様々なものを見る。クスリのせいでもあり、三半規管のせいでもあるとわかっていても、詩人は見知らぬ街で立ち止まり、迷い子になった不安と戦う。

 私も子供の時から知らない街を歩いて、あるいは土堤をどんどん登っていって全く見知らぬ土地にいる自分にふと気付いた時の不安を知っている。

 ある時、何の変哲もない街で、一匹の黒い鼠のような動物が道の真ん中を走っていったのを合図に、彼は猫の集団の中に自分を見出した。家々の窓から額縁の中の絵のように髭の生えた猫の顔が大きく浮き出して現れた。街路にも猫が充満している。

 詩人は「破滅」を感じながら、やっと意識を恢復すると、街には何の異常もなく退屈な道路がいつものように拡がって、蠱惑(こわく)的な不思議な街は跡形もなく消えていた。

 実は、先日亡くなった立花隆さんの書庫であり、事務所でもある猫ビルを二十数年前に訪れた時、同じような感覚を持った。

 そのビルは文京区のとある街角にひっそり佇んでいた。外壁に巨大な猫が描かれているからすぐわかるといわれたが、なかなか見つからなかった。何度も角を曲がって元の位置にもどった時。それは突如現れた。地上三階建てなので目線より上の黒い壁に、黒猫の顔が浮き出て、黄金色の目が私を見下ろしていた。

 その時の不思議な気分。私は朔太郎の「猫町」を想い出した。そしてすぐ立花隆さんと黒猫のデザイナーの企みに気付いた。

 しかしその気分に酔っている隙はない。私は立花さんにインタビューするために猫ビルを訪れたのだ。

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