20世紀初頭のアメリカで大ブームを巻き起こしていた柔術・柔道。やがてヨーロッパや南米まで波及した大衆的熱狂を豊富な図版資料とともに描いた一冊の本が話題になっている。
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アメリカ人小説家による柔術教本が人気を誇り、連日のように新聞で“jiu-jitsu”(柔術)が記事になる。柔道普及の使命を胸に時の米大統領の指南役を務める柔道家もいれば、勇名を轟(とどろ)かせるべくレスラーとの異種格闘技試合に挑む柔術家もいた──。五輪競技でもある現在の柔道から見るといささか怪しげだが、20世紀初頭のアメリカでは柔術・柔道の一大ブームがあった。
同時代のヨーロッパや南米にまで波及した柔術・柔道の世界的流行の実相を豊富な図版資料とともに描いた藪耕太郎さん(仙台大学体育学部准教授)の著書、『柔術狂時代──20世紀初頭アメリカにおける柔術ブームとその周辺』(朝日選書)が2022年度サントリー学芸賞(社会・風俗部門)を受賞した。
本書には講道館初の十段位授与者である山下義韶(よしつぐ)、山下と並ぶ「講道館四天王」の一人、富田常次郎、猛者を求めて世界を転戦し、ほとんど負けなしだったと伝えられる前田光世ら著名な柔道家から、これまで聞いたことのないようなアメリカ人の柔術家まで、多士済々が登場する。
当時のアメリカでの流行の背景を、藪さんはこう説明する。
「まず考えられるのはジャポニズムとの関連です」
浮世絵などの日本美術が西洋美術に影響を与えたジャポニズム(日本趣味)。19世紀後半から20世紀初頭にかけてヨーロッパを席巻したその波はアメリカにも押し寄せ、美術や工芸、建築や文学、さらには日用品にまで影響を与えており、こうした流れのうちに柔術や柔道も含まれるという。
「もうひとつ重要なのは日露戦争の影響です」
日露戦争における日本の勝利は世界中に衝撃を与えたが、柔術や柔道は<極東の小国がヨーロッパの大国に挑む>という構図の下であたかも帝国日本の象徴のように扱われていた。この傾向は、アメリカではとりわけ強かったという。