「おや?」と思って立ち止まる。そしてはじまる旅の迷路――。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界を歩き、食べ、見て、乗って悩む謎解き連載「旅をせんとや生まれけむ」。今回は特別篇で、駐在員など東南アジアで暮らす日本人のワクチン事情について。国によって接種できるワクチンや供給体制が異なり、国と国の間で右往左往しているという。
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東南アジアに暮らす日本人がワクチン難民化しつつある。イギリス系のアストラゼネカ製を1回接種した人たちだ。アストラ難民とも呼ばれている。
タイの場合、日本人へのワクチン接種がはじまったのは6月初旬。接種する場所に行くまで、中国のシノバック製かアストラゼネカかがわからなかった。
多くの日本人が悩んだ。シノバックの効力について、南米などから疑問符のついた報告が届いていたからだ。その後、タイでもシノバック接種者のうち600人以上が感染し、ひとりが死亡したというデータが公表されている。タイ保健省は追加接種をすすめることになる。
多くの日本人がシノバックを嫌って接種を辞退した。タイはそれほど感染が広がっていないという思いもあった。
7月に入り、アストラゼネカの接種情報が病院や商工会議所から届きはじめる。駐在員のAさん(45歳)は、すぐに申し込んだ。これが難民化へのはじまりだったのだが。
その後、タイでは感染者が急増しはじめる。連日1万人を超える新規感染者。現地の医療体制は崩れ、日本人の死者が出るなか、日本企業は現地駐在員に日本への帰国を促しはじめる。バンコクのAさんにも帰国命令が届いた。
「ワクチンを打った2日後ですよ。なんのために帰るのか? 社内で激論ですよ。日本に帰国したら、タイでのアストラゼネカの2回目接種を放棄することになる。その頃、日本ではアストラゼネカは接種できなかった。本社は命を守るための避難だっていうけど……」
厚生労働省は、「安全性の観点から、2回目に違う種類のワクチンを接種は難しい」という。