浜矩子/経済学者、同志社大学大学院教授
浜矩子/経済学者、同志社大学大学院教授
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 経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。

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 8月15日はニクソンショックの50周年にあたる。1971年のこの日、当時のニクソン大統領によって、ドルの金交換を停止する方針が発表された。

 それまでのドルは、唯一、公定価格で金と交換可能な通貨であった。つまり、当時のド  ルには金と同じ輝きがあった。あの頃のドルは、通貨の太陽系における太陽だった。金に裏打ちされたドルを軸に、他の国々の通貨は対ドル固定為替相場という名の軌道上を周回していた。日本円については、1ドル=360円の軌道が設定されていた。

 この状態が、ニクソンショックによって一変した。ドルは太陽ではなくなった。今なお、国際決済に最も多用される通貨ではある。だが、もはや、国際基軸通貨ではない。少なくとも、筆者はそう確信している。

 この50年の間に、通貨と金融の世界は様変わりした。50年前の時点で、暗号資産あるいは暗号通貨の出現を誰が展望できたか。中央銀行通貨のデジタル化。そのような話題が、さかんにメディアを賑(にぎ)わすようになる。そんな時代の到来に誰が思いを馳(は)せたか。あまりにも変貌(へんぼう)著しい通貨と金融の世界だ。

 だが、変わっていないこともある。変えてはいけないこともある。それは、通貨と金融の世界の土台にあるのが、人が人を信用するという関係だという点である。人は、信用できる人にしか、カネを貸さない。人は、信用できる人からしか、カネを借りない。だからこそ、カネが天下を回る仕組みを我々は「信用創造」と呼ぶ。

 信用創造を英語で言えば、credit creationだ。creditの語源はラテン語のcredereだ。その意味するところは、まさしく、「信じる」だ。カネの向こう側に、信じられる人々の姿が見える。そうでなければ、通貨と金融の世界は崩壊する。

 実は、もう崩壊が始まっているのかもしれない。なぜなら、暗号資産という得体(えたい)の知れない存在の向こうには、人の姿が全く見えない。

 ニクソン氏も、自分が起こしたショックよりもはるかにショッキングな通貨と金融の現状に、草葉の陰で、さぞやショックを受けているだろう。

浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演

AERA 2021年8月16日-8月23日合併号