当時、わたしは父の残した医院の継承の手続きに追われていた。加えて相続のための資料などをいくつも揃えねばならず、それをひとりでこなしていた。医師の仕事をやりながらでは、さすがにいっぱいいっぱいだった。

 そんなときに、そうした雑事をなにひとつ手伝うでもなく邪魔ばかりする母。

 故人の配偶者として必要な判子をひとつ押すにもわたしを泥棒扱いし、散々っぱら嫌みをのたまうのが日常茶飯事。

 わたし自身、心に余裕がないせいもあり、母の顔を見るたびに腹が立ってしかたなかった。

 いまで言うなら、母には境界性人格障害があったのかもしれない。

 感情がころころと変化し、自分の思いどおりに事が運ばないと急に激高する。それでいて他人の気を引くためなら手段を選ばない。その裏には孤独に対する異常な恐怖心を持っている。それになによりもこのタイプの障害は、依存症を合併しやすいと言われている。

 何度も言い訳がましいようだが、こうした概念が確立したのはここ最近のこと。わたしが渦中にいたときにはまったく想像も及ばぬことだった。あの時代にこうしたことがわかっていたら、もう少し別のアプローチ方法を探すことができたかもしれない。

 しかし残念ながら当時のわたしは、正面からバカみたいに立ち向かう手段しか持ち合わせていなかった。

 だから親戚に嘘八百を吹聴されれば怒りの言葉を浴びせ、銀行の担当者などに迷惑をかけるたびに軽蔑の眼差しを向けた。

 日々繰り返される迷惑行為の数々に、わたしの我慢は限界に近づいていた。

 あるとき、わたしがいつものように雑用に翻弄されているとヘラヘラと笑って、

「ねえ、わたしのお金ちょうだい。パパの残したぶんがあるでしょ? まとめて一括でちょうだいよ」

 と近づいてきた。

 まだ相続税の計算も終わらない前からそんな非常識な話もなかろうと思うが、それよりなによりその安っぽい笑い顔に堪忍袋の緒が切れた。

「もういいかげんにして! これ以上わたしに迷惑をかけないで!!」

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「このままでは本当に母親に手を上げてしまう…」