「最初からバットに当てるのはうまかった。振り子打法でレギュラーになってからはNPBでのスーパースターになるとは思ったけど、メジャーであそこまで活躍できるとは想像していなかった。選手として一番良かったのはケガが少なかったこと。身体は硬かったけど野球に必要な球際での柔らかさがあった。プレー中の肉離れや腰痛などがなかったことが長続きした理由の1つ。故障に強かったと言える」

「プロ入り当初からいろいろ考えていた。まず一軍に残るのが最低条件だから何が大切かを考えた。得意分野である打撃を伸ばせば試合には出られると思って磨き上げたのだろう。バットをよく振っていた。またプロ入りしたタイミングやチームも良かった。場合にによっては振り子やルーティーンをやめさせられたかもしれない。これまでの球界の常識にはなかった打ち方だったからね」

 弱点であった身体の硬さを克服するとともに、振り子打法という斬新な打ち方を極めた。独自のルーティーンを生み出すとともに打撃以外の守備、走塁の技術も高めた。将来をプランニングして実力を積み重ねた結果、米国野球殿堂入り確実と言われるレジェンドの域まで辿り着いた。

「イチローの中でメジャーでの活躍も早い段階からイメージできていたかもしれないね」

 見てきた数々のプレーを思い出すように語ってくれた。百戦錬磨のプレーで職人と呼ばれ、余程のプレーでないと納得しない本西をも認めさせたイチローは、やはり凄かったのだ。(文・山岡則夫)

●プロフィール
山岡則夫/1972年島根県出身。千葉大学卒業後、アパレル会社勤務などを経て01年にInnings,Co.を設立、雑誌『Ballpark Time!』を発刊。現在はBallparkレーベルとして様々な書籍、雑誌を企画、編集・製作するほか、多くの雑誌、書籍、ホームページ等に寄稿している。Ballpark Time!公式ページ、facebook(Ballpark Time)に取材日記を不定期更新中。現在の肩書きはスポーツスペクテイター。

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