AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。
『最後のひと』は、松井久子さんの著書。唐沢燿子はフリーランスの脚本家。5年前、70歳のときに出会った男性との恋愛と衝撃的な別れを経て、このままセックスも恋愛もなく気ままなひとり暮らしを続けていくと思っていた。そんなある日、燿子は妻を亡くした哲学者・仙崎理一郎と出会う──。ベストセラー『疼くひと』の続編であり、筆者の実体験を盛り込んだ意欲作。松井さんに、同書にかける思いを聞いた。
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<75歳になって、86歳のひとを好きになって、何が悪いの?>。前作『疼くひと』で70代女性の性愛を描いた映画監督の松井久子さん(76)。新作『最後のひと』は前作と同じヒロイン・燿子が、86歳の哲学者・理一郎と出会う物語だ。
「もう一度小説に挑戦しよう、と思ったとき、子安先生の講座に行く機会があったんです」
子安先生とは思想史家・子安宣邦さんのこと。現実世界で二人は出会い、2022年に再婚。本作には作者の実体験が存分に反映されている。
「彼に出会うまでは絶対に一人で死んでいくと思っていました。女性にとって一人であることは、得がたい自由でもある。でも驚くべきことに13歳も上の彼はまったく私の自由を脅かす人ではなかった」
そんな相手を前に松井さんの分身たる燿子は「その人の肌に触れたい」と素直に願う。
「前作からこだわっているのは『老いの恋愛』です。これまでに誰も読んだことのない未知の領域。前作にはファンタジーの部分もあったけれど、今回は私自身がそれを体験した。極めて稀有な体験であり書くべきだと思ったんです」
松井さんも燿子も「女は男に可愛がられなければ、幸せになれない」と刷り込まれて育った世代だ。仕事で成功するも、男社会のなかで「やりにくい女と思われていないか」と気を使ってきた。そんな自分に訪れた思いがけない会遇をつぶさに描いた。もともと創作の源にはトゥルーストーリーがある。監督作の「折り梅」「レオニー」しかり。だが、本作には別の難しさもあった。